記録が遅れましたが、簿記3級を取得。
ただし、併願した2級は落ちた。2級の取得が最大の目的であったので悔しい。
ビジネススクールでは、管理会計や財務会計という科目がある。
企業の内部での意思決定や業績評価のために使われるのが管理会計、
企業の外部への報告や分析(すなわち決算書)に使われるのが財務会計である。
3/30,31に、湘南国際村センターでWBSのイントロダクション合宿が行われる。
2日間で4つの講義が行われるが、
経営戦略とマーケティングについては事前に資料が配布されているため、予習をしなくてはならない。
マーケティングではテーマが2つ与えられており、そのうちの1つ、
「人は育てるものか、育つものか?~人材教育を失われた20年にしないために~」について、
自分の考えを発表できるようにしてみた。
この教材のポイントは次の通り。
・ この20年間人材は育っておらず、自己完結型のしたたかなミドル層が枯渇化しつつある。
・ 「知の闘い」の競争に耐えうるための知の体力(思考の持続力)がトップにも戦略ミドルにも欠落しているのは、問題を徹底的に考え抜いて、その結果をロジカルにプレゼンテーション(形式知化)するという訓練をこれまで受けてこなかったからである。ビジネススクールがその訓練の場になりうる。
・ マネジメントの分野はリカレント教育が必要であるが、それを見落としてしまっていたことがミドル層の枯渇化の一因である。ビジネススクールがリカレント教育の場である。
・ 現在はストラテジーの時代であり、従来の本業の中でのイノベーションから新規事業開拓まで、仮設立案能力が問われており、また優秀な突出者を育て上げなければならない。MBAコースへの派遣がその機能のアウトソーシングになりうる。
・ 企業派遣によるMBA取得は企業の財産と捉えられて特別扱いされなかったため、待遇の平等という意識が強い。MBA取得者に新しい分野で活躍するチャンスを与えず退社を誘発させ、歩留りの低下が問題になった。
・ 労働市場の流動性が高まった結果、企業派遣制度は特定の人にとって通過儀礼になってしまうが、それを理解しないと人材育成という観点から後れを取ってしまう。
・ MBAに派遣する人事部門は、ビジネススクールで何を学んだかという評価が欠落している。これは、どういう人材を育成したいかが不明確であるからである。役員会で一発勝負の機会を与えるだけで十分である。
・ 求められる資質と個人の成果と可能性が、ある程度客観的に評価できる時代になれば、企業派遣の必要性がなくなる。
なぜビジネススクールなのか。
MBAを取得しなくてはならないのか。
そしてなぜ早稲田大学ではならないのか。
その辺について整理してみようと思う。
マネジメントやマーケティングなどのいわゆるMBAナレッジを学ぶに、
わざわざビジネススクールに通う必要はない。
書籍で独学するか、セミナーに通えばある程度身に着く。
実際、社内研修にもそうした講座が存在する。
ビジネススクールでは、教授や仲間と議論ができるという点で、それらと異なる。
問題意識をもって悩んでいる仲間同士で議論ができる。
2年間という長期間で仲間意識が芽生え、互いの人間性を認め合い、議論にも深みが出る。
社内研修では受講者は同質化されているので、当たり前で無難な意見しか出ないだろう。
一方、ビジネススクールでは背景や価値観が多様な人間が集まる。
刺激を受け、新たな発見ができて自分の成長につながる。
国内MBA(経営学修士)を取得しても、給料のアップは見込めず、転職にも有利には働かない。
おそらく自己満足だろう。だからMBAにはこだわっていない。
ただ、体系的にMBAナレッジを学ぶことができ、
志が高い人たちと議論して自分を成長させることができる。
それを満たす環境がMBAであっただけだ。
早稲田大学はMBA系科目だけではなく、MOT系科目を履修することが可能である。
私は技術者なのでどちらかというとMOTを専攻したい。
また、将来職種転換はするつもりはない。経営戦略やマーケティングなどを知る技術者になりたい。
技術者のキャリアを中断したくなかったので、夜間に通うことにした。
先日、早稲田大学ビジネススクールを受験し夜間主プログラムに合格した。
入学に必要な書類を郵送し、20日ごろに届く手続き完了メールを待つ。
MBAに進学する理由について整理しようと思う。
私はメーカー(いわゆる大企業)に勤めており、事業部の主力製品の設計を担当している。
私は数年前に開発プロジェクトに加わった。
プロジェクトの期間や予算が当初の数倍にもなり、残業が多く完成まで大変苦労した。
しかし、発売したものの市場競争が激しく利益が出ていない事態に直面している。
そして営業部門から、
顧客のニーズを満たしていない、コストが高いため受注できないなど、初歩的なコメントを頂いている。
発売したばかりなのに、新たな製品開発を要求さえしている。
数年に一回の開発頻度なのに、だ。
私は、このような事態になった一つの原因として、
開発プロジェクトマネジャーの能力、
特に組織マネジメント能力とイノベーション創出能力が不足していたからだと思う。
組織マネジメント能力とは、いわゆるプロジェクトマネジメント能力で、
開発工数や予算、スケジュールの策定を行い、実行・調整していく能力だ。
その能力が足りないと、開発終了までメンバーに多残業を強いることになる。
恒常的な多残業は、メンバーの健康に悪影響を及ぼし集中力を失わせる。
うつ病メンバーを増やし、モチベーションを低下させ、職場環境を悪化させる。
設計手戻りなどの手間も増えて品質が低下する。
しかし、組織マネジメント能力のないマネジャーは、ただ何とかしろ、としか言えない。
イノベーション創出能力とは、製品企画能力である。いわゆる製品戦略やマーケティングである。
私の事業部では、企画部門が行うべき製品企画を、なぜが技術部門が行っている。
それは、企画部門に企画能力がないからである。存在意義が問われないのが不思議である。
技術部門が作成した製品企画は、「高機能」、「高品質」に偏りやすい。
なぜなら、彼らはそれらの条件を満たした製品が売れると錯覚しているからである。
もちろん、製品企画時に、営業部門やサービス部門の意見を聞く。
彼らは顧客に近いため、顕在ニーズをよく把握している。
だが、製品企画にそれらの意見は反映されにくい。
企画と開発が同じ技術部門で行われるため、技術部門の都合の良いようにその意見が解釈されるからである。
例えば、「そのニーズは特殊なケースである」、「マイナーケースだから設計しない」など。
もちろん根拠は明確ではない。技術者である企画責任者の経験と勘である。
そのような製品企画では、技術本位な製品となり顧客のニーズを満たすのは難しいだろう。
コストさえ作りこめていないのは致命的である。
コストが高くても「高品質」「高機能」ならば売れると思ったのだろうか。
イノベーション創出能力がないマネジャーは、ゴミしか創造できない。
私はこの開発で、技術者を生かすも殺すもマネジメント次第だということを痛感した。
適切なプロジェクトマネジメント能力や製品企画能力を持たない人が、
開発プロジェクトマネジャーをしてはいけない。
技術者や会社を不幸にするだけだ。
しかしそのような人物の登場を待っているだけではだめだ。
私が、マネジメント能力とイノベーションを身に付けなければならないと思った。
その一つの解がビジネススクールに通うということだった。
ブログを開設します。
目的は、自分のための備忘録。
自分の思考を文章化することによって整理する。
そしてそれを人にわかりやすく伝える訓練をするために。