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東村山発☆ADD息子とママの療育ダイアリー

アメブロと人生ビギナーの三児の母めかぶが、ADD(注意欠陥障がい)を持つ息子の療育を通して感じたことを記録したり報告していくブログです。

東村山市の市立小学校の親の会の代表もやってます。そちらの報告も随時UPしていく予定です☆

自分の子の良いところって、他の人に言うと自慢とか親バカって思われそうで、なかなか言えないですよね。

ただでさえそういう風潮があるのに、特に発達障害がある子についてだと、どうしても我が子の良いところを言う前に、苦手なところや困ったところを子育てトークのネタにしてしまう。

でも。

発達「障害」なんていいますが、「一部の何かをするのに障害になる特性がちょっとばかし目立っちゃう子」というだけで、本人の存在が社会や集団の障害なんじゃない。それどころか、なんでかそういう子たちの多くが「面白さ」や「特技」や「独特の感性」を持っています。

たとえば息子、円周率を小数第40位まで何も見ないで言えます。
うーん、なんとも実生活に役に立たない特技!!将来合コンとかでも「へー」で終わりそうだ。

もう一つ。小学一年生(6歳)のとき、11×11、22×22…とクイズっぽく出題したら、99×99まで暗算で合ってたことがあります。まだ九九も習ってないのに。しかも、答え出すまでが早い。どんな頭の構造してるんだ?!と思ったものです。
しかし五年生になった今は、昔より答え出すのに時間かかるし、考えて出した答えが間違ってたりするから、直感力は頭で考える経験(計算のやり方を学ぶこと)によって衰えてしまうものなのでしょうかね~(^^;;  残念。

そんな息子の、私が好きなところは「話す」以外で表現するもの。

というわけで、彼の作品をふたつ。

ひとつめは、四年生の時の図工の作品。

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タイトルは「幸福」ですが、単純に「笑顔」や「欲しいものを得て喜んでいる自分」など、ポジティブなモノの描写はありません。

あんまり息子の作品を勝手に解釈したり分析したりしたくないので、本人にも「どういうイメージ?」とか聞いてません。聞いても、言葉では説明ができないだろうなぁ。


もう一つは、去年、国語の授業で書いた詩。

タイトル 「物と鉄と魚」。

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  「物と鉄と魚」        

   物は動きたくないから
   じーっとしてるのではない

   鉄は固くなりたいから
   カンと固いのではない

   魚は泳ぎたいから
   スイスイ泳いでいるのではない

   ダチョウは飛びたくないから
   タッタッと飛んでいないのではない

   みんな動けない
   やわらかくなれない
   歩けない
   飛べない

   みんな  理由がある




・・・9歳の君!!
一体何を悟ってる?!

と、四年生の廊下に展示されてる我が子の詩を見て、心の中でつっこんだ時のことを覚えています。

ちなみに下段の、息子をよく理解してくれていた担任の先生の、「なかなか読みごたえのある詩ですね」という淡々としたコメントも笑えました。

人間以外のものはすべて、何がしたいかジタバタせずに、ただありのままを受け入れてる…ってことなんでしょうか。
これも、本人に「どういう気持ちで書いたの?」と聞いたけど「わかんない」と言ってました。わかんないのかよ。

てなわけで。

発達障害で、苦手なこと、時に人様に迷惑かけてしまうことがたくさんある息子を肯定的に話すのは、なんだか「そこ」から目をそらしている痛い親、と思われそうで、なかなかできないのです。
子どもも、褒めて褒めて育てたいのに、できないことばかり目について、怒ってばっかりなんです(涙)

でも、本当は、大切なことですよね。

子どもだって、すごいね!と言われたら、もちろん嬉しい。
親だって。本当は、子どもの良いところを認めて、褒めてあげたい。褒めてもらいたい。がんばって育てているんだもの。

我が子の良いところを見つけると、誰かが見つけてくれると、ものすごく嬉しくて、ものすごく安心する。
それくらい、障害をもつ子の親って、心のどこかで、すごく弱ってるところがあるんです。

だから私は、我が子にはなかなかできないけれど、障害をもつ子どもたちもそうでない子どもたちも、「○○君はここがすごいよね!」「私、○○ちゃんのこういうところ、大好きなんだ」と、良いところをなるべくお母さんたちに伝えるようにしています。


発達障害があるけれど、良いところもいっぱいある。


「なんでこの子にこんな苦手なことをたくさん背負わせて産んじゃったんだろう」ではなく、「面白い子産んだなー」って、笑いたい。いつもはできないけど、たまには。
そう思います。