我が家のルーキーくん(現在8か月)





初めてのインフルエンザを2日間の熱発で乗り越えました
(むしろ熱を無理に下げずウイルスをやっつけてやりましたw)





感冒症状(咳・鼻水・痰)を緩和する薬のみで解熱剤は1回のみ





まだ夜になると少し痰が絡む咳をしてやっと寝ても目が覚めたりするので





今日もいつもの小児科に行って症状を緩和する薬を処方してもらいました





その受診の際に「そういえば!」





と思いだしたことがありました





長い読み物になるかもしれないのでお時間がある方だけどうぞ


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ルーキーくん、生まれた時からおでこに「つむじ」があります







初めて沐浴後にワタシの腕に来た時に





「あの時に夢で見た子だ!」とすぐにわかりました





それは何の夢か?という話をします。。。









もう今からちょうど14年くらい前になります





結婚してすぐ初めて授かった赤ちゃんを「胞状奇胎」という異常妊娠で流産し





更に「絨毛(じゅうもう)」という放っておけば悪い細胞になってしまう塊が子宮から肺にまで転移し





子宮の筋肉の中で増え外側へ破ろうと張り出していました





破れてしまえば大量出血で命を失いますし





本来ならすぐに子宮全摘出となってもおかしくない状況でしたが





子どものいないワタシ達夫婦は子宮を失う選択は勇気のいるものでしたので





強い化学療法(いわゆる抗がん剤)で細胞を縮小化させる方法で治療を開始しました





今でこそ外来化学療法というレジメンも確立してきましたが当時は入院治療のみ





しかも私の場合は悪い数値が通常「千単位」が「十万単位」(>o<)と高く





入院して白血病の治療に近い量での化学療法になり面会謝絶になることもしばしば





化学療法の辛さは医療従事者だからこそ傍で見てきているので重々知っていました





だからこそ怖かった、とても怖かった





体の中で何が起きているのかも分かっているからなおさら・・・・







初めて自分の体に抗がん剤が大量に入った日の夜です





高熱でうなされて朦朧とし旦那さんはそのまま付き添い病室に泊ってくれました





朝、目が覚めた時





ワタシの腕には確かに赤ちゃんを抱っこしたぬくもりが温かく残っていました





そして、目には涙がたまっていました





高熱の中で夢を見ていたようなんです





熱が出た子どもを立て抱きで抱っこし小児科に来ている夢でした






その子どもは男の子で顔はぼんやりとした印象しかなかったのですが





確かにはっきりと覚えていたのは「おでこのつむじ」でした





その腕にいつまでも残っていた温かさを支えに




半年間の化学療法入院を何とか乗り越えることができました








あれから14年の間に





また流産もしてしまったりしたけれど2人の娘にも恵まれて





あきらめていた3人目の子どもにも恵まれました






まさかその3人目の子どもにつむじがあるのも驚いたのですが





今日小児科でルーキーくんを抱っこして診察を待っていた時に思いだしたあの時の夢





熱こそもう出てはいませんでしたが、そのものでした







あなたは何年もかかったけど





こうして抱っこされるってことを分かっていたのかもしれないのね・・・と思ったら





あの状況下で病気と闘っていつか母になるんだと前しか向いてなかったのを思い出して





こうして日々奮闘している育児の大変さも疲れも





とても幸せなことだって改めて実感しました








今あることに感謝して毎日を過ごしていくことにしましょう





だって





「今日」は「今日しかない」のだから。