むかーしむかし




ワタシが幼き頃




いつもそばにいてくれた




大好きな祖母がいました



(ワタシのルーツと祖母のことについては過去記事→コチラ







その祖母は




全盲だけど気は強くて芯が通っていて最期までボケなかった




尊敬すべき女性です




ワタシが看護の道へ入るのを見届けた2週間後、じいちゃんのもとへ旅立ちました







そのばーちゃんとのいつもの楽しみは




夜、寝静まってからのお茶のみとおしゃべり




よく恋愛話や社会のことなど




大人の話をしてくれました







その祖母が




いつも終戦記念の日に

(甲子園の黙祷がある日)




ワタシに戦争のことを聞かせてくれていました







じいちゃんと自転車で駆け落ち同然の結婚は前途多難で




女の子に恵まれた後




待望の長男は幼少時に他界





そしてじいちゃんのところに赤紙(軍人召集命令)が来て




心では泣きながら万歳で満州へ見送った・・・





そして


不衛生な社会情勢が影響して目の感染症を患い失明




駆け落ちだったため




孤独な子育てを耐え抜いた








終戦を迎えじいちゃんが満州から帰った時は




もう光さえ分からなかったという







そして、ワタシの母は全盲の祖母から生まれ育てられたのです








祖母から




B‐29が頭上を走り




遠く長岡の空を赤く染めたという




生々しい戦争の話を聞いて




当時学校で観た映画の「はだしのゲン」とリンクして鳥肌が立ったのを思い出します












戦争を語り継ぐ人は




もう僅かだと思います








ワタシにできることは




めめやはなに




祖母の話を




終戦の度に思い出して語り継ぐことでしょう











決してあってはならない過去






終戦の度に






祖母との夜のお茶会ならぬ女子会を思い出します。。。










今週末は夜勤明けですがやっとお休み




祖母と祖父のお墓参りに行ってこようと思います