東北入りして3週間が経ちました。

私は復興事業のDevelopment Officerという機会をいただいて、初めて東北の街並みを見ました。15歳の時に福島県のいわきにある、半断食道場で10日間を過ごしたことはありましたが、町からは離れた山籠りでしたので、街並みを見るのは本当に初めてです。

パキスタンから先月帰り、やっと東北に入りました。パキスタンに入って2週間後に起きた東日本大震災、去年の夏に起きたパキスタンの洪水後の衛生支援に行っていたものの、モニタリングが主でしたので、なぜ自分は自国で起きている惨状を傍観しているのかと、、、、、ずっと疑問でしたので、やっとの思いで東北入りをしました。

海岸沿いを車で走ると、瓦礫が散らばり、ここに生活があったのだと想像する日々ですが、今日立ち寄った喫茶店では写真集で震災前の街並みの写真を見ました。ため息だけでした、、、想像以上に住宅は立ち並んでいたのですね。

4週目にもなると、当初は目に映る全ての光景がショックで声も出なかったのにも関わらず、週末を利用して訪れるボランティアさん達に、この惨状を案内する自分に疲れてきました。

私は入ったばかりで、元来、笑顔だけでボランティア活動をしてきたようなものですが、震災直後から東北をサポートしてきている人々は3カ月も経って、クタクタな表情です。

私は、被災者の方々にホッとしていただいて、将来をもう一度展望していただきたく思い、コーヒーをサービスしているのですが、昨日は雨のために瓦礫撤去を中止したボランティアさん達のカウンセリングのような喫茶コーナーになってしまいました。

正直、個人的には精神的・経済的・体力的に余裕のないボランティアさんは有難迷惑だと思います。そして、自分の犠牲を払った分だけ、ヒーローになれると思っているのでしょうか?

私は、白状すれば、契約ボランティアという形でボランティア謝礼を月に10万円もらいます。これがなければ、受けない仕事です。24時間体制ですし、ストレスコントロールが重要ですし、、、、やりがいがあるので、少ない収入でも満足です。

しかし、何といっても、被災者の方々のほとんどは目の前のことを必死でやっています。悲しみに浸る間もなく、何というのか未来を展望する余裕もなく、必死です。それが、人間として本当にさわやかで、皆さんの笑顔に私が救われることのほうが多いのです。

何やら、ぼやきですが、私がいる必要はないような気がしてきました、何か自分にできることをしようとやってきた自分は少し馬鹿みたいに思えてきました。