本当に心というものを開けない私は

 

今のところ最後になる精神科病院から

釜ヶ崎の近くにあった

アルコール・薬物の依存症回復施設に

通い始めた。

 

 

20代ももうじき終わる遠い昔の話。

薬物依存症だけじゃないのよ

対人恐怖症、社会的不適合のレッテルを

精神科医に貼られていたくらいだから

 

 

そんなところに行っても

うまくコミュニケーションができないのは

わかり切っていた。

 

 

誰かに何かを言われることを

いつも極端に恐れていた

その言葉の向く先には

性自認やセクシュアリティの話が

きっとあって

どちらにしろ私は傷つくのだ。

 

 

依存症の施設や自助グループに

通い始めても私の猜疑心と警戒感は

なかなか緩まなかった。

少しでも心を開いてしまったら

私は結局いつも黙り込む

解離するしかその場でやり過ごせなくなる

 

 

ところがしばらく

依存症の回復施設に通ううちに

私はだんだん気が楽になってきた

 

 

なぜならここにいる人たちは

みんな自分のことで精一杯で

人のことに本気で構っている余裕などないのだ

一杯のお酒を飲まない毎日をやり過ごすことに

魂と命をかけている人たちばかり

 

 

そのことが私を自由にした

心を開いても大丈夫だと思うようになった

 

 

いいっぱなし、ききっぱなしの

ミーティングでは誰も私の心に

侵入してこれない

だから正直に話ができるようになった

 

 

依存症の家族の相談に乗っているときに

「I message」の重要性を説く

家族が依存症者と話をするときは

必ず自分を主語にして話すように心がけること

 

 

「I message」で話す人は

自分のことで精一杯な人にどこか似ている