*読んだ本

『暇なんかないわ、大切なことを

  考えるのに、忙しくて』

  アーシュラ・K・ル=グウィン

 

動物愛護協会に娘と猫をもらいに行った時

最初に対面した猫を選び

「他の猫を見なくていいんですか?」

というスタッフの問いかけに、

 

 

いいのだ。この子を戻して、

他の猫たちを見て、この子ではない猫を選ぶ。

そんなことできっこない。

動物たちの神様が引き合わせてくれたのだから

これでいい。

 

 

というル=グウィンの魂と

私、きっと同じ色をしているなと嬉しくなり

久しぶりに本をめくる手を

最後まで休めなかった。

 

 

2週間ばかり前に私は

92歳の少女のような母に会ってから

子どもに育てられた子どもである私が

大人になるとはどういうことだろうかと考えていた。

 

 

ル=グウィンはこの最後のエッセイ集の中で

もう一度子どもになることによって

かっての自分である子どもを育むという

センチメンタリズムを否定する。

 

 

人生のどの段階でも立ち止まらず

自分の中のなるべき自分のすべてになること。

引用されているワーズワスの詩の中に

私は大人の心安らぐ自然な美しい思いを感じた。

 

 

 

  草原の中の輝かしい時間、

  花の中の盛りの時間は

  いかにしても戻ってこないが、

  悲しまないで、

  あとに残っているものの中に

  力を見つけよう。

 

 

「内なる子どもというカルトは、ワーズワスが

複雑なままにしておいたことを単純化する傾向があり、

また、ワーズワスが連続性を残しているものの

流れを断ち切り、対立のないところに

対立をつくり出す」

 

 

今まで自分が接してきた考えや学んだこととは

正反対のル=グウィンの言葉かもしれないけれど

残りの人生を導いてくれる教えとして

大きな希望さえ感じる。

 

 

冒頭の次のスローガンにも。

 

 

「若い者には、年寄りは務まらない」