武士道とドラマ「SHOGUN 将軍」 | meaw222のブログ

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映画・ドラマの部屋

 

今日は、武士道と「SHOGUN 将軍」について書きます。

 

日本では、ディズニープラスで公開中のドラマ「「SHOGUN 将軍」は、今現在まで9話が放送され、第1話以降から全世界でこのドラマが人気となり、初回の放送は世界で900万回再生という記録を打ち出します。

 

では、何故、このドラマが、世界中で好評であるのか?

 

この原作のドラマ化で、共同制作者であると共に主演でもある真田さんは、“日本人として日本の文化を正しく世界へ紹介したい”という熱い想いを胸に隅から隅までこだわり抜いて作品を完成させています。

 

本作では脚本の執筆に衣装デザイン、美術の構想まで徹底した時代考証が行われ、動きやセリフの一言一句まで妥協を許さない作品づくりが行われており、セリフも日本語が主に使用されており、アメリカ等で放送される場合には、吹き替えではなく英語の字幕が表示されているそうです。そして、そこに使用されている日本語は、現代語ではなく、ドラマの設定である戦国時代に使用されたであろう古い日本語という徹底ぶりです。

 

当然、このドラマが人気なのは、原作である「将軍」が非常に良く作られた小説であったのも大きく影響しています。そして、この原作で特に強調されているのが日本の「武士道」です。

 

原作者のジェームズ・クラベルと小説「将軍」

原作者であるジェームズ・クラベル(James Clavell、1924年10月10日 - 1994年9月7日)は、イギリス(後にアメリカ合衆国に帰化)の小説家、脚本家、映画監督です。

 

ジェームズ・クラベルは、小説「将軍」で一躍有名となりますが、実は、スティーブマックイーン主役の「大脱走 /The Great Escape 」(1963年)の共同脚本家、そして、シドニー・ポワチエ主演の「いつも心に太陽を/To Sir, with Love」(1967年)では脚本と監督をしており、映画人としても活躍しています。

 

また、小説家クラベルは、短編小説「23分間の奇跡」が有名です。この小説は、子供にとって教師とはどういう存在であるのか?また、この教師によって子供の真実が大きく変わってしまうと言う問題提起がされています。面白いことに、この短編小説や小説「将軍」も何方も、クラベルの娘との交流の中で作られたものでしたし、クラベルの小説ではこの日本文化と教育が中心的な物となっています。

 

クラベルは、第二次世界大戦でイギリス軍人としてマレー半島で従軍し、日本軍の戦争捕虜となります。戦後に、この時の体験を基にして、アジアン・サーガ六部作を執筆します。今回のドラマの原作となった「将軍」は、このシリーズの第3作目として書かれた小説となります。

 

因みに、第1作目「キング・ラット」は、自分の体験を基に書かれ、1945年のシンガポールの捕虜収容所が舞台となっています。第2作目は、「タイパン Tai-Pan 」は1941年の香港。第4作以降については、香港やイランが舞台となっており、最終の6作目には、再び日本の明治維新が舞台となっています。

 

この小説「将軍」は、1975年に出版され1990年までに世界中で1,500万部が売れ大ベストセラーとなり西洋人の日本の歴史や文化に対する知識や関心にも大きな影響を与えたと言われており、アメリカの大学で日本についての講座を受講した学生の20-50%が本作を読んでいたとも言われます。

 

そして、この小説が、欧米で大ヒットしたのも、この本が日本の武士道、武士の生き方を上手く表現していたからでした。

 

武士道と騎士道

日本の武士道は、戦国時代から外国から日本へ来た宣教師や商人、軍人により西洋に伝えられることとなります。1899年(明治32年)には、哲学書「武士道」が、米国のフィラデルフィアで刊行されます。

 

本書は、思想家・教育家として著名な新渡戸稲造が、日本人の道徳観の核心となっている「武士道」について、西欧の哲学と対比しながら、日本人の心のよりどころを世界に向けて解説した著作で、新渡戸自身の代表作となっており、これが、後に日本文化を知る上でのテキストの一つとなります。

 

その源を同じにする欧米の騎士道、そして日本独自の精神である武士道。共に、宗教的な意味合いを持っており、「主君への忠誠」「名誉と礼節」を中心とした規範(コード)です。しかし、この二つの決定的に違うのが、生死感と無常観の有無です。

 

小説「SHOGUN」の魅力

小説「SHOGUN」が、世界で受け入れられたのも、この日本人独特の生死感、及び無常観が、主人公であるイギリスの船乗りであるブラックソーンの目を通して、上手く表現されていたからでした。

 

つまり、西洋人が最も理解に苦しむ「切腹」と「個よりも公を重んじる精神」が、徳川家康、石田三成、淀殿、細川ガラシャなどの史実上の人物を上手く掛け合わせて作られた架空の歴史を通して、西洋人も理解可能な形で提示されています。

 

ドラマ「将軍」

小説の大ベストセラーを受けて、1980年にアメリカのNBCによってリチャード・チェンバレン、三船敏郎、島田陽子、ジョン・リス=デイヴィスが出演し合計9時間のミニテレビシリーズとしてドラマ化されました。また、後に2時間に編集された劇場版も公開されます。

 

しかし、この最初のドラマ映画化は、何方かと言えば異文化における活劇又はロマンス物として制作され、日本の精神である武士道が十分に説明されたものではありませんでした。

 

しかし、これがリメイクされ、FX製作で、Huluなどで配信。日本では2024年2月27日からDisney+で配信されることとなりました。

 

 

リメイク版「SHOGUN 将軍」

前回の「将軍」と違う点は、セリフが英語ではなく日本語で行われ、所作その他演技がすべて、日本人が見ても納得がいくものであり、役者も英語を母国語としたアジア人ではなく、日本の俳優陣が本格的にこのドラマに参加していることでした。

 

第1話から「切腹」のシーンが、登場し、その後も武士道が前面に押し出されたストーリーラインとなっています。また、セリフも日本語が主で、主人公であるブラックソーンが、異文化の中で言葉も通じないといった状況が上手く表現されるようになります。

 

前回とは違い、ロマンスは余り登場しませんが、その代わりに「戦国時代の女性」が登場します。この「戦国時代の女性」の象徴として登場したのが、第1話から登場する宇佐美藤と細川ガラシャでした。

 

藤は、第1話で名誉の為に夫が切腹をし、乳飲み子である男子も同時に命を取り上げられます。

その為に、藤は、夫と子供の供養の為に、仏門に帰依することを望みますが、主君によりブラックソーンの正妻になることを命じられます。

 

つまり、一人の人間としてではなく「政争の具」として扱われる存在である戦国の女性が、そこには描かれていますが、第4話では、この藤が、実は「戦国の女性」は只単に「政争の具」ではなく、家を構成する最も重要な役割を担っている存在として描かれます。この藤を演じた穂志もえかさんは、「戦国の女性」の理想像として、世界的にも人気を博すこととなります。

 

一方、ガラシャは、ブラックソーンの通訳として、そして、視聴者に武士道を説明する人物として登場します。ブラックソーンは、藤とガラシャを通して異文化である日本文化を少しづつ受け入れるようになります。

 

そして、第8話では、その藤の祖父であり、ガラシャの義父である戸田広松( 西岡徳馬さん)と真田広之さんが演じる吉井虎永[徳川家康]を通して西洋人でも理解可能な形でこの切腹及び自己犠牲が描かれます。

この回は、神回とも言える程、西岡さんと真田さんの演技が優れており、この辺りは、英語の話せるアジア人では、どうしても出せない演技であると思います。

 

そして、今週放送された第9話では、第8話で描かれた「個よりも公を重んじる精神」が、ガラシャを通して自己犠牲という形で再び描かれます。

また、この第9話が素晴らしいことは、細川ガラシャの史実がうまい具合に架空の物語と融合されているところで、史実を知っていれば思わず唸ってしまうすばらしい回となっています。

 

これは日本人的観点からですが、中盤は、ややペースダウンしたストーリーとなっています。

しかし、この中盤のストーリーは、あくまで日本人以外に日本の武士道がどういうものかを説明するのに必要な事であり、この中盤のストーリーが、後半の特に第8話以降の怒涛のストーリー展開に繋がっています。

 

さて、残すところ後一話となりましたが、どの様な展開になるのか非常に楽しみです。

多分、シーズン2へと続くストーリーになるのではと期待しています。

 

 

P.S.

 

この「将軍」の成功により、一時、主役候補の死亡により宙にういた企画である「弥助」が再び制作が始まったと言われています。

この「弥助」は、史実で認められている、初めてでありかつ唯一の黒人の侍です。

これが、ドラマ又は映画化されると、「将軍」のドラマで、何故、黒人が登場しないのかと言った論争も収まるのではと思いますし、再び日本文化ブームが巻き起こるのではないかと予測されます。(1980年代のバブル期を知っている人は、一時期、日本文化が世界でもてはやされていたことを知っていると思いますが、あのブームが再び巻き起こるのか。)