サンタクロースはいるよ!
その子の幸せを願っている人がサンタクロースなんだよ・・・(^-^)

雄が小さい時、クリスマスツリーを買うのにどの位の大きさにしようか悩んで、抜く身長になる頃には、夜中にプレゼントを置くことも無くなるだろうなと思って今のクリスマスツリーを買ったの…

雄が幼稚園の時、12月に入った頃、テレビで『蛍の墓』が放送されて、その何日か後にクリスマス募金のお知らせが幼稚園からきたの。雄とはっ君に『両親がいなくなった子供に、その子の役に立ててもらうように募金するんだよ。』と説明したら、雄がお祖父ちゃんからのお小遣い1000円を持ってきて、「ママ、これ、せつ子のような子にあげるんでしょ。これ使う。ぼくがその子のサンタになる」って言ったの。
ああ~子供でも、自分以外の誰かの役に立ちたいと思い、幸せを願っているんだなって・・・嬉しくなったね。

それからずっと、とうに、身長はツリーを抜いたけど、ツリーを出し続け、一人でも多くの世界中の子供が笑えるように願っている。

サンタクロースはいるよ!誰でもサンタになれるし、誰にでもサンタはいるんだよ!

忘れないでね・・・



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虐待というのは、一色単ではないのよ…

子育てを放棄した母からは子供を引き離さないといけないと思うけど、暴力(暴力をふるう人が母で、他にいない場合)なら、引き離してはならないと思う。まず、母を助ける人が必要なのでは…

しょうちゃんを産んで、しばらくした時、博の友達のママ二階堂さんが言ってた"子育てと介護は一人でしちゃダメよ"



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よく、「やっぱり女の子がほしかったの?」と聞かれるけど、
真実は全て予想外。。。
ママになりたいと思ったこともあまりないな。。。

ママになりたいと思ってなくとも大丈夫!!
子育て・・・・子が親になるように育ててくれる。

ま~予想外であったが、三人の男の子を育てて、いっぱい×10な生活で
今やれることは毎日十分やってる!200%!!これ以上は私が壊れる
私はいつ死んでもいいと思いながら息子と接してきた。
それはそれは可愛くて愛しくて面倒で、
命がけで育てた

決して良い息子を育てるでなく、良い夫となるよう育て、
息子たちが結婚したら
私の事は気にしないで、
息子たちの好きにしてね、
子育てについても嫁の一番いいようにしてね!
と言うはずだった。

そこにまたまた予想外に娘が生まれてきた!!
こんなにも、こんなにも、こんなに女の子って大切なものだったなんて!!
男の子は確かに可愛いし大切なんだが、女の子・・・全く違う
娘を持たない家に嫁に出したくないと言うお母さんの気持ちがわかった。

何が何でも死ねない!この子が助けが必要なとき、たとえ自分がどんなであっても
この子のために何かしら、しなくては!!!


自分はなんて軽薄な人間だったんだ、と思った。
息子の嫁に(まだまだ先だけど)好きにしてね・・・なんて言おうなんて・・・
嫁にどんなに疎まれようと、この先からは(10年は先だろうけど)
「あなたのお母さんの気持ちが分かるから、お願いだから私にも手伝わせて!」
と言うつもりだ。

かくいう私も親の大切な娘だったのよ。





歩けなくとも、話せなくとも、どんな形であれ、
生きてさえいてくれればそれで良いと思えた母が亡くなった。。。
私をつくったのは母だった。もう、私には何もなくなったと思った。
  

お母さん

亡くなるどれくらい前だったろう・・・。
「お母さん、食べたいもの何かない?どこか行きたいとこない?
欲しいものなに?」
と聞いた私に、
「何も食べたいと思わない。何も欲しいと思わない。
どこに行きたいとも思わない。 何もいらない。
  ただ、ちかちゃんに、ご飯をつくってあげたい。」
と言ったね。
その時は、・・「ご飯なら、自分で作れるからいいよ。」と答えたけど
うららを産んで、お母さんの気持ちがわかるよ。

たとえ、歩けなくとも、たとえ腕が動かなかったとしても、どんなに自分が辛くとも、
娘が、大変な思いをしているとおもったら、娘に何かしてあげたい。
何かしら娘の役に立てればと思うんだね。

東京にいたときのご近所の智ちゃんのお母さんは、
関西から東京の娘の家によく来ていたの
車椅子生活だったけど、孫の面倒みたり、ご飯作ったりして
私も智ちゃん母が作ったお惣菜頂いたりして・・・。
「智ママすごいね!」なんて話したりしてたけど、
智ちゃんのお母さんも東京で子育てしている娘に何かしてあげたかったんだね。



妊娠6か月に入った頃だったかな。

6月になって母に電話したら、大分辛そうだった。

離れて暮らすようになって、そんなに経ってはいなかったのに。

何日か後に母の夢を見て、次の日帰る予定だったが、その日帰ることにした。


駅に着いて、ぶらぶらして、家には午後に着いた。

父は出かけるところだった。私を見て、玄関に走って

「お母さん!!ちかちゃん帰ってきた~」とすごく嬉しそうに呼びかけてた。

よほど、帰ってくるのを待っていたんだろうね。

母は出てこなかった。もう動くのが辛かったんだ。私が部屋に入っていったの。


その日は病院へ行く日だったけど、父も面倒そうだったし、行ったところで何も変わらないと言って

行くのを止めたらしい。


母とお腹が出てきたとか、つらくないかとか、そんな話をして、

夜、アイスを何口か食べさせたのが母と過ごした最後になった。 

夜、寝る前にあまりの母の変わりように、

家を出た事をすごく後悔した。

出産したら子供を連れて家に戻ってこようと思った。母と子供を見ようと思った。

なのに

母は夜中にそっと逝ってしまった。



何も変わらず朝は来るのよ。

何度も何度も母を呼んだけど


何故、もっと早く帰って来なかったんだろうと思った。

何故、家を出たんだろうと思った。

何故、何故、もっとできたのに・・・・・。


全てを失った。すべてなくした。母は私の全てだったんだと思った。

15年前の昨日の事。