5月初旬のこと
義母は余命1〜2年と宣告を受けました
義母の癌の治療が始まっていましたが
放射線治療の途中で
体調が急激に悪化したことに加え
不運にも右腕を骨折
それを機に入院したのが
5月の中旬でした
右腕は、もう治療できず
もちろん使うこともできない状態になり
家族が順番に
ご飯の介助をするために
病院へ通う日々を送っていました
6月に入り、容体が急下降し
いきなり余命3ヶ月の宣告
癌治療も打ち切られ
緩和ケア専門の病院への転院が
決まっていました
転院を1週間後に控えていましたが
「転院の日までもたないかもしれない」と
主治医から言われたのが
つい先週のこと
家族揃ってその話しを聞き
その日は、義母を囲んで
病院での夕食の時間を家族全員で
過ごしました
まだ、怒ったり笑ったり
感情表現できていたし
少しだけ食べる事もできていました
なのに翌日早々と
義母は旅立ってしまいました
癌が全身に転移し
末期の状態でしたが
痛みで苦しむこともなく
眠るように逝きました
想像していた末期がんの最期とは全く違い
痛み止めを一度も使用することもないような
穏やかな旅立ちでした
血圧が低下していると病院から連絡を受け
慌てて駆けつけたのですが
到着の数分前に息を引き取ったと
看護師から告げられ
間に合わなかったと肩を落としました
私が義母の手を握り
「お義母さん、みんな来たよ!」
と泣きながら声を掛けると
なんとベッドサイドモニターの
心拍数と呼吸が再び波打ち始めました
耳は最後まで聞こえていると聞きますが
義母にも届いたのだと思います
続いて義父も主人も
声を掛け、沢山の感謝の気持ちを
伝えました
その約10分後に死亡確認されました
ほんの少し戻ってきてくれた義母
最期を看取らせて頂けました
そして、前々回の記事で書いたように
私には義母に必ず伝えたい事がありました
私が義母に伝えたかった事
それは
「お義母さんが、私のお姑さんで良かった。
ありがとう。」
という感謝の言葉
この言葉は、義母が亡くなる
2週間前に伝えることができました
ちょうど私1人でお見舞いに行った日に。
この言葉を伝えると
義母は「私は、あんたに何もしていないのに。」
と笑顔の涙を流しました
普段から泣くようなキャラではない義母の涙に
私も涙が抑えられなくなりました
ついさっきお見舞いに来た人が
誰かも覚えていないような状態だったので
こんなふうに伝えたことも
すぐに忘れてしまうんだろうなと
思っていたのですが
翌日は、義父に
翌々日は、主人に
私が来た事と退院したら
私に何か買ってくれるんだという事を
何度も話していたという義母
義母の心にしっかりと届いた私の気持ち
心から伝えて良かったと思いました
自分の気持ちを伝える
しかも義母に
これは、私にとってとても勇気がいる事でした
でも、一度勇気を出して伝えると
案外なんて事なくて
その事を伝えた後も
「お義母さん、大好きだよ〜
愛してるよ〜」なんてことも
病院に行く度に伝える事ができました
素直で純粋な義母は、とびっきりの笑顔で
私の手を握り返してくれました
今はその笑顔だけが何度も思い出され
伝える事ができたことを心から良かったと思うし
後悔が全く残らずに済みました
主人も同様
たくさんの大好きを伝え
どうか痛みと苦しみがなく
旅立てますようにと
毎日家族全員が祈り続けました
末期癌の義母が
この上ない安らかな旅立ちの時を
迎えられたのは
家族みんなの愛が伝わったからだと
思っています
義母が亡くなった夜
亡骸を目の前に
私が義母に伝えた感謝の気持ちの事を
義父に話しました
厳格でプライドの高い義父が
涙を流し始めた時
カタン!と音がしたので見ると
うずまき線香がタイミング良く
あり得ないような形で落下しました
家族皆が、義母だとわかりました
葬儀を無事に終え
家族皆が、案外ケロッとしているのは
それぞれが後悔のない最期の時間を
過ごせたからだと思います
最後になりますが
6月に入りこのような状態にあり
告知させて頂いていた
サイキックリーディングの
無料モニター様の募集が先延ばしになっております
大変申し訳ありません
私にとって実母同様の存在である義母との別れは
辛いものでもありました
後数日のお時間を頂き
7月初旬からリーディングさせて頂けるよう
気持ちの整理をして参りますので
モニター様募集まで
今しばらくお時間を下さい
どうぞ宜しくお願い致します
また、セッションご依頼を頂きましたのに
お待ち頂いたり
調整して下さった方々には
大変申し訳ありませんでした
皆様のお気遣いに心より感謝申し上げます
長文を最後までお読み頂きまして
ありがとうございます
出かける時は
いつも手を繋いでいました
子どものような義母
他人からは理解されにくい人でした
だけど私にとっては
私の全てを理解し
受け入れてくれた
かけがえのない人でした
お義母さん
これからも見守っててね
いつまでも忘れないよ
大好き