海外生活が向いている(と思う)人 | オーストラリア暮らしログ

オーストラリア暮らしログ

2011年にオーストラリアへ移住。旦那さん、娘と3人暮らし。嘘、偽りのない、オーストラリア暮らしの日々を書きます。MDSというレア疾患持ち。

オーストラリアだけでなく海外で暮らすと、生まれ育った環境(私は日本)と比べる行為をしてしまう。

 

『自分で選んだ道でしょう』と、身も蓋もない事を言われるだろうと覚悟していたとしても、

それにしても、全く違う環境に慣れずに辛い人もいるだろうし。


実際に、旦那さんの友人の1人は、数ヶ月の滞在後に念願の永住を諦めて帰国してしまいました。


オーストラリアに期待して渡豪し、オーストラリアの足りない部分に対する“ぼやき”を耳にすることも、しばしば…。

 

 

以前、オーストラリア滞在して1年弱だった友人夫婦は、『オーストラリアは、どこに行っても同じ食べ物しかない、日本には“土地の味”があるから国内旅行が楽しい』と不満がっていた事、鮮明に覚えています。


なるほど、確かになぁ爆笑

 

私自身も、移住より遥か以前、旅行で、

オーストラリアの土地を初めて踏んだ日から4ヶ月ほど経った頃に、似た経験をしました。


パースから北のニンガルーリーフ周辺へのバスツアーで、1週間ほどの旅程の中、

予定に“ビーチ巡り”の日。


朝から宿でサンドイッチの材料を準備して、4ヶ所のビーチをリーフに沿って順番に訪れ、時折ビーチで休みながら、泳ぐ…。

 

景色は若干違うし、綺麗だけどね。


それでも、オーストラリアのビーチ巡りを無駄にしたくないウインク、と半ば強引に楽しみを探そうとしました。


すると、気づきます、

海の色も、風の向きも、生物も、少しずつ違う⁇




もっと調べたくなって宿近くのインターネットカフェ(時代が古い)に行くと、海洋生物の研究グループに遭遇。


面白い話が山ほど。

 

 

刺激の少ないオーストラリアで生活するうちに小さな変化に敏感になった、とも言えるかもしれないけれど、

海外生活の不満の主な原因は『期待しすぎ』かなぁと思う。

 

当たり前だけれど、国が変われば文化も環境も違う上に、日本という国は、どこに行っても旅行者が安全に楽しめる施設やレストランがあって、サービスがあって、独自性を出す為に各所で工夫された『売り』があります。


対してオーストラリアは、世界でも有名な手付かず自然を大事にする国。

 

日本人の目指す『より良く』という考えは

オーストラリアでは時に『少し欲張り』とも見えるような気さえしてしまいます。

 



食文化で比べると、

『食にこだわるのは、生きる事にこだわる事』という日本の考え方は、なにも高級食材を使う話ではなく、広義において食事を大切にっていう意味だと思うのだけれど。


オーストラリアは、

『食べられる物を大切に食べる』と、少しだけニュアンスが違うような。


 

文化の下地となるのは宗教の違いかもしれない?

 

 

さらに、オーストラリアは、移民国家。


お互いのバックグラウンドが違うという事は分かっていても、何が違うのかが分からない。

 



ロシア人の友人とレストランに行き、カードで支払いを済ませた私に現金で割り勘分を渡すとき、彼女は手渡しをしない、机や棚に置きます。


ちょっとびっくりしたけれど気にしていなかったら、

ロシアでのマナーなの、と教えてくれたのは、ずっと後の話。

✳︎地域で違うようです


逆に、私は現金は封筒に入れて渡していたのだけれど、無駄な行為(他人行儀)だからやめて欲しいと言われてしまったり。

 

イスラム教信者の友人の携帯の着信音が大切な宗教の曲だったことを知らなかった私が、着信で鳴った時に笑ってしまったら、恐ろしい剣幕で怒られたり。

✳︎私が知らなかった事を理解して謝罪してくれました


当時、オーストラリアに来たばかりだった彼は、私が(皆が)その音楽を知らないなんて思いつきもしなかったのですね。

 

 


同じ日本人でも、考え方は十人十色。


ましてや違う文化から来た者同士が理解できると、それは今度は奇跡が起きた様に嬉しいもの。

 



もちろん日本と比べて『イライラ•がっかり』する事もあるけれど、海外生活を楽しむためには


自分なりの方法で問題を解決する『創造性』

嫌なことがあっても流して先に進む『適当さ』


が必要なのかぁ。


なんか偉そう。