疑われた骨髄異形成症候群の診断 | オーストラリア暮らしログ

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2011年にオーストラリアへ移住。旦那さん、娘と3人暮らし。嘘、偽りのない、オーストラリア暮らしの日々を書きます。MDSというレア疾患持ち。

骨髄異形成症候群(MDS)、不応性貧血、簡単に言うと血液のガンと呼ばれ、白血病に繋がっていく。 有病率は10万人あたり約3人。 患者の年齢の中央値は65歳、男女比はおよそ2:1。 という事は、10万人に1人の病に、年齢中央値の半分以下の30代前半から括られる事になった、私。 

 

症状として、貧血。 身体が菌に弱い。 

対抗処置としては人混みを避ける。 熱が38°出たら救急に行く。

 

以外は、何もできない。 今の所、現代には、治療法が無い。 

人混みを特に避けてはいないけれど、東京にいた頃と比べると、人混みが無い。

 

MDS には段階があり、最初はRA、そこから大きく分けて4(〜8、FABとWHOで分類が違う)段階後に慢性骨髄単球性白血病。 その後、急性骨髄性白血病になる。  白血病は、ガン化した細胞の種類により、急性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、慢性骨髄性白血病、骨髄異形成症候群、各種のリンパ腫など異なる。 『世界の中心で愛を叫ぶ』の“急性白血病”と違い、“慢性” は、ゆっくり進行していく。 骨髄異形成症候群は慢性骨髄性白血病の前段階で、ゆっくりと白血病に移行するので第2の白血病とも言われる。 

 

 

私は、レアな病気の、レアな患者の上に、レアな進行度らしい。 予後良好でも、MDSの平均生存年数は5年、マックス10年。 定期的に血液検査を受けている私の病状は、1つもステージを進むこと無く 10年以上、RA。 もちろん、白血病化しなくても予後は不良になっていくけれど。

 

どこの病院行っても、私を初めて診た血液内科の専門医は、全員口を揃えて言う、

『おかしい……🩸』

 

日本の血液内科の先生に病状と骨髄検査結果を、英語翻訳した書類を作って頂いて、オーストラリアで初めて病院の診察を受けた時の事。 当時、私の血液検査の結果は安定していたので、ドクターが、『念の為、骨髄の再検査をしましょう(日本の結果、間違いじゃない?)』と言った。 最悪だ。

 

日本で受けた骨髄検査。 腸骨の上側、と言うけれど、体感は…

 

尾てい骨の5センチほど上の骨にドリルで穴を開け、

金物のストローのようなパイプを穴から骨の中まで刺し、

そのパイプの中を細いスプーンのようなものを通して、

骨の中に刺してゴリゴリと組織をすくった後に 

全部を抜く。 

 

ドリルがとにかく痛い。 ゴリゴリすくうのも痛い。 全部痛い。  20時間を超えた陣痛後の出産ぐらい、度を超えて痛い。 

 

 

本当に涙目になって『再検査は嫌です』とドクターに断ったが、通るはずも無く。 検査当日が来た。

 

日本での検査は、すぐ壁の反対側には他の患者が待つ、狭くて奥に細長い診察室の中、カーテンで仕切られたベッドに横たわり、部分麻酔で行われた。 痛すぎて動けず、しばらくの間、そのまま休むように言われた。

 

対してオーストラリア。 広く暖かい個室の中央に置かれた、電動のリクライニングベッドを起こして横になり、紅茶とクッキーを食べて、眠る。 目覚めた時には終わっていた。 痛みなし。 家族も付き添いして良いので、同じ部屋にて旦那さんと娘 (当時2歳) が立ち合い。 医療チームの動きを あとから細かく説明できるほどに、正視していた。

 

 

検査の結果、日本での結果と同じ。 痛くなかったから、良いけどさ。 

 

 

次の血液検査と診察は来週。 最近は、だいぶ身体がだるいし、痣も良くできるので、覚悟して行かなければ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

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