薔薇の華麗香・青春日記

薔薇の華麗香・青春日記

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10年前の今日、千代田区内の会社事務所で大きく長い揺れに死を覚悟しながら机にしがみついていた。周囲には揺れの大きさに全てを投げ捨てて階段をかけ降り表に飛び出た者もいた。僕は机の上に広げた顧客から提出された大切な資料をそのままにして逃げる気には全くなれなかった。自分は逃げ遅れて死ぬタイプなんだと思い、そんな父親でごめん、と母を亡くしている娘たちに謝りながら、君たちはなんとしても生き延びろよ、と祈っていた。そのあと会議室のテレビでその同じ地震による津波に多くの人が呑み込まれたことを知った。同じ地震で命を失ってしまった人たち。死を覚悟したけど生き延びた自分。言葉がなかった。繰返し放映される市街地を襲う津波を帰宅困難者として会社に泊まりずっと見続けていた。間もなくその時刻が来る。黙祷。
10月に久しぶりにパソコンに向かったら壊れていた。あいにく年内に業者を呼ぶ時間的余裕が無かった。年賀状を書くに当たり、パソコンでの印刷ができないので郵便局印刷の年賀状を購入した。もちろんパソコン内にしかない住所録は開けず、パソコンでの宛名書きも出来ず、ここ数年に頂いた年賀状をもとに宛先住所氏名、自分の住所氏名、そして添え書きを手書きすることとした。添え書を手書きするのは当たり前だが自分の場合例年は、添え書きするようなことも本文に込めて印刷してしまい手書きの添え書きは最小限に、もしくは省略していた。意を決し元旦配達に間に合わそうと精力的に書き始めたところ不思議なことが起こった。相手の住所氏名を書いていると、また、そこに書かれてある添え書きを読んでいると、その人だけへの添え書き文言が自然に思い浮かんで来たのだ。 先ず住所。あれ、この人長女のすぐそばに住んでいる、あれ、僕にそれとなく肘鉄食らわした彼女は次女と丁目が2つ違うだけだ。スーパーですれ違っているかもー。となった。随分前に作った住所録。その後年賀状を作成するときはパソコンで事務的に印刷してしまい住所なんか見ていなかったから、娘たちがそのそばに居を構えたなんて気が付かなかった。そして添え書き。住所確認のために取り出した昨年以前の皆さんの年賀状の添え書き。僕への問いかけや、がん体験など共通の話題に満ち溢れている。年賀状を頂いた時はこちらも既に出状しており返事をするつもりはないのでそんなに真剣に読まなかったが、改めて読むと返事をしたい添え書きが沢山。今回はその返事を今回の年賀状の添え書きとして書いた。懇切丁寧に。なのでずっと会っていない人に対しては添え書きの常識を越える長文の添え書きを沢山書いた。当初の目論見の倍以上の時間が掛かってしまったが、全部を書き終わったあとなんだか沢山の人と会話したような余韻にしばらくの間浸ってしまった。僕は人との心の通った付き合いが苦手で友達も少ないのだが、もっと心を込めて人と付き合えばこんなに沢山楽しいおしゃべりが出来るのだと思い知らされた。パソコンはそのために神様が壊したのかも知れない。



今日は所沢の第九演奏会でした。午後演奏会、それから僕ら第九合唱団の解団式(第九演奏会終了すると解団し、また翌年12月の演奏会を目指し夏に団員を募集し新たな第九合唱団が出きる。)と打ち上げ会が終わり一人になり例年の如く今マックで疲れ休め。今日の第九は気力充実で歌い切りました。観客席の皆さんの第九に引き込まれている感じが歌う側に伝わってきて歌う自分達も呼応して第九に引き込まれて歌い上げたのです。言わばステージと観客席の一体感があったと思うのです。第九をずっと歌ってきてほんとに良かったと思いました。