訪れて頂きありがとうございます
最近、私がナースという職業を選んだ理由を、ひも解いていました。
小さいころは美容師さんになりたかったのに、何故か中学2年生の時に「人の役に立つ仕事に就きたい」と思うようになりました。
この当時「立志式」(←その昔14歳で元服をしたということにちなんで、志を立てる式というものが行事としてあったのです)という式が間近に迫っていて、自分の将来について考えて作文を書かなければいけなかったのです
人の役に立つには。。
ボランティアじゃ無給だし、食べていくには・・・と中学生の頭で考えたのが「看護師」という職業だったのでした
紆余曲折しながら約18年、なんちゃってナースやっていますが、ここ最近「人の役に立つ」ということが、自分にとってどんな意味があったのか、振り返っていたのです。
それは「自己重要感」と大きく関わりを持っています。
自分という存在がいかに大事で重要かと、周囲の人に感じてもらえるにはどうしたら良いか?
掘り下げれば幼い頃、私という存在を母に認めてもらったり、受け入れてもらったという感覚が乏しかったのです
そしてその欲求を満たそうとした結果が、「人の役に立つ」という考えに至った、ということ。
ちょっと飛躍しすぎているけれど。。
本当は、母に受け入れてもらったり認めてもらいたかった。
人の役に立って、頑張って仕事をしている私を誉めてもらったり、認めてもらいたかったんだ。
もしかしたら、「人の役に立つ」=「母の役に立つ」事だったのかもしれない。
他者をケアすることで、自分の存在価値を見出そうとしていたのかもしれない。
強者と弱者の立場をつくり出して、自分の立場を優位にしたかったのかもしれない。
数年前、母に「頑張り屋だな」って誉めらて、嬉しい気持ちになったことを思い出した。 (今となっては誉められたのか、どうか良くわからないけど・・)
私にしてみれば、頑張ることが良い事なんだと思っていた
だけど、人は、頑張らなくてもただ存在するだけで、充分素晴らしい存在なんだと思う
ただ有ること。それだけですごい事なんだと思う
私の理解はまだ十分ではないかもしれないけど、これに気づかなかったら、同じような事を繰り返していたと思う。
今回、色んな学びを出来ていることに感謝です
母子関係についてもっと詳しく知りたい方は、こちらのAQUA VITE 、AQUA-VITE.comを覗いてみてください。
私は4月からせいかさんのセラピスト独立のためのコンサルを受けています。
せいかさんに承認してもらえたことで、承認されることがこんなにも心地よいことなんだって初めて知った気がします
まだまだ学びの途中ですが、こう言ったすべての過程が何だか愛おしく感じます。
常々、「人生無駄こそ宝
」と思って生きていますが、どうやら私は宝物が多いみたいです
そして私もこれからは承認上手になりたいです

最後までお付き合い頂きありがとうございました!
