私さ、過去にカードリーディングの

お仕事をやりたくて


タロットサークルの中で

練習してたんだ〜。



で、練習したことでわかったんだけど


その中では私は

リーディングができる方かも…

ということに気づいた。

( 数年自己流でやってるので

タロット歴は長い方かも。

あとは自分のセラピー能力や

繊細に感じる力、直感力に

助けられてた部分もある。 )




それでさ


周りの人より出来ることに

気づいた私は、天狗になった。



その時は

気づいてなかったんだけどね。


可笑しいなぁ〜。



そのサークル内での練習は

半年ほどで終わりを迎えたんだけど

( サークルから抜けたくなった )



天狗のまんまで抜けてさ



でさ、そのあとは

思うようにいかなくて


あれ?と思って

後々に気づいたわけ。



今となっては、天狗になってたのに

気づいてよかったなぁと思う。



もし、そのまま上手くいってたら

ずっと天狗でいることに

気づかなかったんじゃないかなぁ。




でね


天狗になってた私なんだけど

そんな過去の私を

責めたくないなとも思う。



遅かれ早かれ

天狗になる時期は来ただろう。


どちらにしても

私の中に元々あったもので

いつかは出てくるもの。



天狗になるのがダメとか

過去の自分を否定したくないし

馬鹿にしたくない。



それやっちゃうとさ


今、天狗になってる人を

見下すことになっちゃうよね。



天狗になる時期も私にとって

必要だったのかもしれない。



だって今となっては

天狗になっちゃう気持ちわかるもん。



天狗になると気分よく感じるし


天狗になるのもしゃーないって

思えるしね。



天狗になりやすい人って


自己否定を繰り返してきた人が

なりやすいかも…。


そんな気がする。




心のどこかに

自分を見下してる部分があるから


・何か自分に有利な状況になった時

・人より出来てる自分に気づいた時

・自分の能力を発揮し始めた時など



他人を見下して

他人より自分を上に見たくなる。



見下してる自分がいて苦しいから

そこから抜け出して助かりたくなる。



劣等感を優越感で

穴埋めしようとしてる。


でも、劣等感や優越感が

自分の中にある事を認めないことには

かりそめのループは終わらない。



劣等感と優越感は

表裏一体なんだ。



でね


自分を苦しめる連鎖は

続けたくないと思う。


自分にとっても

相手にとっても

いい結果にはならない。



逆に考えると


天狗になれたのは


自分が努力してきて

有利な状況を作り上げることが

出来たからとも言える。



回復してきて

力を持ち始めた…みたいな。



人によるけれど


天狗になるのは

成長のプロセスの一つにも

なりえるんだろう。




そして、今となっては

私は天狗になるのをやめた。



天狗になって

優越感に浸ってるってことはさ


自分のどこかに劣等感があることに

今の私は気づいてるんだ。



私は、これから

それを選択しないってだけ。



また天狗が出てきたら


あぁー


こんな自分がいるんだなぁーって

思いながら、自分を見つめ

そんな自分を受け入れて



また自分の進みたい方向に

軌道修正していけばいい。



人はいつだって

やり直せるし


自分のやりたいこと、できるんだ。





本当に大切なものは

あなたの中(うち)にある


〜 魂の変容セラピスト 〜  Eva.✴︎ (エヴァ)




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