こちらの人は、なんでもかんでも頭の上に乗せて物を運ぶのが一般的である。
小さいころから、知らず知らずのうちにその訓練を積み上げているので、
大人になれば、必然的にバランスよく物を運ぶことができる。
私も密かに練習してみたのだけれど、どうにもこうにも
ぐらぐらしてしまい、物はすぐに頭上から落下してしまう。
猛烈な訓練を積めば、そのうちにはこちらの人よろしく
軽々となんでも頭に乗せて移動することができるのかもしれないが、
生憎そこにかける情熱と忍耐が足りないためにすぐ諦めた。
頭に物を乗せて運ぶことのメリットはまず、
何と言っても両手が開くことであろう。
次に、体がまっすぐに伸びていて視線は前を向いていないと
物がうまく運べないので、必然的に背筋がスッと伸びる。
私が今まで見たモザンビーク人で猫背の人は誰一人としていなかった。
背筋が伸び、首が正しく背骨に乗るということは、
骨盤も正しい位置に納まるということで、年齢を重ねても
腰が曲がったり、腰痛に悩まされたりすることが少ないのかもしれない。
肩こりなどという概念は理解され難いかもしれない。
さらに慣れた大人になれば、手や肩に下げて持ち運ぶよりも
はるかに重い物を自力のみで、運ぶことが可能になる。
運ぶ対象としては子どもから大人まで、まず一番多いのが「水」である。
家に水道を引いている家庭もそう多くはないために、
近所の水汲み場または水道が引いてある家から自宅まで、
生活用水は自分たちで運ばなければならない。
そしてそれは小学生でもできる「仕事」である。
10歳ぐらいの兄弟たちが数人まとまって、5リットル容器に
水を汲み、揃って頭に乗せ、車に轢かれないように年長者が
年少者をかばって、歩いている姿は何とも微笑ましいものである。
15kgや20kgほどしか体重のない子どもたちにとっては、
たかだか5リットルを運ぶのも一仕事である。
これが大人になると、女性でも20や30リットルは入りそうな
バケツを頭に乗せ、悠然と歩けるようになるのである。
頭に物を乗せて歩くことに慣れると、それは乗せなくても
充分に運べるようなものまで頭に乗せて運ぶようになる。
例えば、炊事に使用する小枝や数本のキャッサバ(主食の芋で
長芋のような長さと大きさ)、ペットボトル1本だけなどは
手で持っても充分に運べそうなものである。
はたまた、そんなものまで頭に乗せて運ぶのか!と思わず
振り返らずにはいられないようなものも平然と運んでいる。
例えば、1メートル四方ほどの大きさの冷凍庫や2m以上はある
丸めたトタンや木材など。
極めつけは、ベビーカー。
運ぶためのものを運ぶとは、もはや理解に苦しむ。
さすがにこれ(ベビーカー)は誰もがやっているわけではなく、
町で売られるようになったのもここ数か月の話だし、
見かけたのは1回だけである。
ベビーカー(1,500MT[約4,500円]ぐらいする)のように、
田舎町では珍しいものを持っていたり、身につけているのは、
ある種のステータスであるようなので、現地のお金持ちの
人たちはそういう物をよく欲しがるようである。
首都マプトでしか手に入らない柄のカプラナなどは
倍近い値段がしてもある一定層には飛ぶように売れるのである。



