英夫先生からメールが来た![]()
相変わらずまじめな感じが伝わってくる
技工士の桑田先生とボストン大学で
ジョイントレクチャーをしたとのこと
MDIに招聘予定の矢島先生も
同郷でよくご存じだと
ボストンはまた10℃なんて日々で
めげているらしいです
今年も来てほしいな~![]()
英夫先生からメールが来た![]()
相変わらずまじめな感じが伝わってくる
技工士の桑田先生とボストン大学で
ジョイントレクチャーをしたとのこと
MDIに招聘予定の矢島先生も
同郷でよくご存じだと
ボストンはまた10℃なんて日々で
めげているらしいです
今年も来てほしいな~![]()
ダイアナのピンクハウス
ボストンではこの家に滞在した
ハウスのオーナーはダイアナ
外人の年齢は分かりにくいが多分50代半ばかな?
ボストンのずっと南の方にオフィスを持っていて
ほとんどそちらにいる
不動産関係のお仕事
同性愛者
同じ年代の女性と週末になると帰ってくる
ハウスキーピングには厳しく
注意書きがいろいろ掲示してあった
家屋はひとつですが
玄関ドアから別になっており
キッチン・バス・トイレ
もちろんベッドルームも
この家でもいろいろなことに遭遇した
バスタブにお湯をたっぷり溜めたら
もうお湯は出なくなったり(タンク容量の問題古いシステムですから)
ベッドルームの天井に雨漏りしたり(初体験)
とんでもないほどの大きさのアメリカ製のアイロン台
使いづらい上
危うく下敷きになりそうだった
リスがあらわれてキッチンに侵入して
格闘したり
最大のピンチは雪かき
ベースメントに雪かき用の道具があるから
出してきてやりなさい
とダイアナから電話
雪かきっ!?
ってどうするの?
でもしないと外に出れない
さらにしないとドアも開かなくなる
となりのロシア人のおばさんが窓越しに
冷ややかな目で見ている
泣きそうになってなんとか自分ひとりの通り道を確保
翌日
ダイアナが心配して帰ってきてくれた
(心配なのは家)
豪快な雪かきが始まった
感動した
自分の無力さを感じた
ここはブルックラインビレッジという町
ちょっとした高級住宅街
ジューイッシュとロシア人が多く住んでいた
100年以上にもなる
ニューイングランド時代の家が
建ちならんでいる
静かな素敵な町だった
けど隣のロシア人はちょっと怖かった・・・
4月の下旬ごろ九州大学の医師がリサーチのため
やってきてこの家に住むことになった
変わった人だった
同じく北大のリサーチャーとも仲良くなって
飲みに行ったり
この家でご飯会したりした
ゴールドマンスクールといわれるボストン大学歯学部の病院
英夫先生はここのホテツの准教授
ボストンの山本英夫先生からの
紹介の患者さんがみえた
ボストンの話
特にブルックラインやニュートンの話になって
懐かしく思った
かれこれ15年くらい英夫先生に
診てもらっていたとのこと
2001年にボストンにいた
もう10年も前になる
英夫先生里見先生(奥様 ペリオの先生)には
すごくお世話になった
2001年3月にボストンに入った
今でもよく覚えている
明日からストームが来る
いい日に到着?
明日なら空港はクローズだったかもと
言われた
明日から外へは出れないから
食糧調達しなさい!!って言われ
・・・なんだこれ?
何が起こる?
到着早々めげた
その日の夜
雪・雪・雪・・・
あっという間に1メートル以上積もった
オロオロしていたが緊張と不安で
飛行機で眠れなかったせいか
大雪でも初めての家でも
その夜はぐっすり寝てしまった
早朝
びっくり
もう外へは出れない
背丈を超える雪が庭を覆う
その上 横殴りに降る雪
これがスノーストーム
TVのニュースを見ると
学校やオフィスが次々と
クローズ
電車やバスも・・・
どうするの
どうしたらいいの・・・?
里見先生から電話
ニュートンのオフィスもクローズするから
ゆっくり休んでくださいと・・・
ゆっくり休めたって・・・
今自分がどこにいるのかも
把握できてなく・・・
家のオーナーも不在で・・・
大きな家屋にひとり
途方にくれた
あきらめて
することないし
キッチンへ行って
いかにもアメリカっていう大きなオーブンで
手製のパンをじっくり焼いた
(今思うとどうしてパン作りなんて始めたんだろ?)
おいしかったけど
すぐ飽きた・・・
3日間1歩も外に出れなかった
そんなボストン生活の始まりだった