綱取物語――台の個性と向き合った時代

前回、僕は、「敵(ライバル)は必要なのではないか」という話を書いた。

そして、社会が息苦しく感じられる理由の一つとして、人間同士がぶつかり合い、自分で判断する余地が少なくなっているのではないか。という仮説を提示した。

今回は、その話を一気に具体的なところまで下ろしてみたい。

 

題材にするのは、1993年に平和から登場した初代『綱取物語』である。

これは、単なる懐かしいパチンコ台の話ではない。

 

この一台を調べていくと、

メーカーが台を作る。
店がその台を運用する。
攻略誌が台の仕組みを解析する。
客がその情報をもとに台を読む。

という、現在とは少し違った関係が見えてくるからだ。

 

まず、この台がどんなスペックだったのかを確認しておきたい。

1993年、平和『綱取物語』

初代『綱取物語』は、1993年に登場した現金機の連チャン機だった。

通常時の大当たり確率は、1/247。

賞球は7&15。

16ラウンド・10カウントで、平均出玉は約2,300個。

ここだけを見ると、当時のデジパチの一台に見える。

 

しかし、この台には大きな特徴があった。

大当たり後に、台の内部状態が変化するのである。

モードは大きく、

通常
天国
地獄

の三つ。

そして、それぞれの大当たり確率が違っていた。

通常モードは、

1/247。

天国モードになると、

1/37。

一方、地獄モードでは、

1/988。

だったとされている。

 

しかも、大当たり後のモード移行には振り分けがあり、

天国 1/2
通常 1/3
地獄 1/6

という仕組みだった。

 

この数字を見てもらえば分かると思う。

同じ一台なのに、1/37と1/988では、まったく違う。

つまり、この台を打つということは、単純に「1/247を引けるかどうか」という話ではなかった。

今、自分が打っている台は、どの状態なのか。

それを考える必要があったのである。

 

朝イチの「十・金・小」

さらに面白いのが、朝イチだ。

初代『綱取物語』は、リセット後に「十両・金星・小結」の出目になり、通常モードからスタートするとされていた。

これは、今のパチンコしか知らない人には、少し不思議に感じるかもしれない。

「通常なら、別に普通じゃないか」と思うだろう。

しかし、この台では違った。

 

一度大当たりを引けば、その後は天国にも行く。

そして、地獄にも落ちる。

つまり、朝イチの通常1/247は、少なくとも地獄状態から始まるよりは明確に意味があった。

だから客は、朝から台を見る。

「十・金・小」なのか。

昨夜はどうだったのか。

その店は電源を落としているのか。

前日の大当たり後、その台はどういう状態で閉店したのか。

そして、その台を今打つ価値があるのか。

台の前に座る前から、すでに「考えること」があったのである。

 

店も、この台をただ置いていただけではない

ここが、今回の話で僕が一番面白いと思っているところだ。

店側も、この台の特徴を知らないわけではない。

 

むしろ、店は店で、この台の特徴を営業に利用していた。

当時の回顧資料には、綱取物語について、電源OFFによって朝イチの通常モードに戻す「電源OFFサービス」を行っていた店舗の例が残っている。

 

もちろん、これはすべての店がやっていたという意味ではない。

あくまで、そうした営業を行っていた店舗があったという話だ。

しかし、それでも面白い。

なぜなら、店が台の特徴を利用して営業する。
客がその営業方法を読む。
客がそれを攻略する。

という関係が成立していたからである。

 

店と客は、完全な敵ではない。

店は客に遊んでもらわなければ商売にならない。

客は店から利益を得たい。

店は利益を確保したい。

客は少しでも有利な条件を探したい。

そこには当然、利害の対立がある。

だからこそ、お互いに相手を読む。

 

客は「台」と向き合っていた

僕が言いたいのは、「昔のパチンコは客が勝てた」という単純な話ではない。

そんなことを言いたいわけではない。

 

むしろ、地獄モード1/988なんて、とんでもない仕様である。

一度地獄に落ちれば、客にとっては非常に厳しい。

 

1/247で抽選してハマったのか、1/988だからハマっているのか?

だからこそ、その台が今どんな状態なのか?ということが重要だった。

 

打つ。

続ける。

やめる。

他の台へ移る。

店を変える。

朝から並ぶ。

前日のデータを見る。

攻略情報を読む。

そして、自分で判断する。

 

そこには、今とは違う意味での「遊技者の仕事」があったのではないだろうか。

台は、ただ結果を出す機械ではなかった。

客が向き合う相手だった。

 

そして店もまた、その台の個性を理解したうえで運用していた。

攻略誌は、その仕組みを解析して読者に伝えた。

それによって、客の知識が増える。

この抽選方式が公開されていなかったなら、どうなっていただろう。

 

どう考えてもおかしくないか?

やたら連荘するかと思えば、全然当たらない。

遠隔じゃないか?

 

だが攻略雑誌がしっかりROM解析してくれていたおかげで、この台の性格はパチンカーは知っていた。

店も知っていた。(笑)

 

客の知識が増えれば、店もまた営業方法を考える。

その繰り返しである。

これは、僕が前回の記事で書いた、「敵(ライバル)がいるから、自分を修正できる」という話と、どこか重なっている。

 

メーカーは攻略雑誌と緊張関係にあったが、それでもこの台の人気が上がったのは、攻略雑誌のおかげでもあった。

そこには「答えを与えられる前に考える」余地があった

もちろん、当時のパチンコにも規制はあった。

何でも自由だったわけではない。

店が何をしても許されたわけでもない。

攻略情報が常に正しかったわけでもない。

実際、『綱取物語』についても、朝イチ天国スタートという誤った情報が広まったという回顧記事が残っている。

つまり、情報が錯綜していた。

だから客は、誰の言っていることを信じるのかという判断までしなければならなかった。

 

今考えると、これは非常に人間臭い世界だったのではないだろうか。

店にも都合がある。

メーカーにも都合がある。

攻略誌にも都合がある。

客にも都合がある。

 

それぞれが完全に同じ方向を向いているわけではない。

だからこそ、互いに相手を見ていた。

そして、その中で客自身が判断していた。

僕が今回見直したいのは、まさにそこなのである。

 

綱取物語という一台を見ていると、

そこには、メーカー、店、攻略誌、そして客がいた。

それぞれが自分の立場から動き、互いに影響を与え、時には利用し、時には出し抜こうとし、そして、その結果として客もまた台の個性を覚えていった。

そこには、「自分で考えて、自分で選ぶ」という余地が確かに存在していたのではないだろうか。

 

そして僕は、この体験があって現在のパチンコを見る。

 

今のパチンカーは、昔と比べて何を知っているのか。

何を自分で判断できるのか。

そして、何が「メーカーが決めた仕様」として、最初から与えられているのか。

その違いを見ていけば、僕が感じている「息苦しさ」の正体が、もう少し具体的に見えてくるかもしれない。

 

攻略される可能性があるからブラックボックスにしよう。

僕はそれが正解とは思わない。

 

僕は技術屋でもあったので、攻略される可能性があるなら、こんな抽選で乱数は狙い打てませんよ。

それぐらいの高速乱数カウンターですよ。その中でこの値を拾えば当りです。確率はこれです。

さあ、攻略してみなさい。

 

当時はそんな気概を持ったメーカーと、それに挑戦する攻略誌と、それを読み、台の性格を読み、自分で台を選ぶ客がいた。

そして、この台ならこういう営業で展開しようとホールが決めた。

例えそれが店に不利な状態を招こうとも、それを迎え撃てる体力があり、気概もあった。

 

僕は、そんなパチンコが嫌いではなかったのである。