日本が世界一の経済大国になった時
日本が世界一になった頃、それは誇りであり、同時に違和感でもあった。
成功の物語の裏側で、まったく別の感情が静かに流れていた。
その記憶はいまも、はっきり残っている。
「ジャパン・アズ・ナンバーワン(Japan as Number One)」=日本礼賛
「ジャパンバッシング(Japan Bashing)」=日本叩き
この2つは時代の流れでほぼ連続して起きました。
Japan as Number One: Lessons for America は、Ezra F. Vogel が1979年に出した本です。
「日本は経済・教育・企業・行政などでアメリカより優れている面がある。
アメリカは日本から学ぶべきだ」と論じ、大きな話題になりました。
日本では大ベストセラーになっています。
当時の日本はものすごい勢いでした。
自動車 → トヨタ、ホンダが急成長
家電 → ソニー、パナソニック、シャープ
半導体 → 世界トップ級
貿易黒字が急増
アメリカ側では「日本がアメリカを追い越すんじゃないか」という空気が強くなりました。
ところが1980年代後半になると、今度は「日本が強すぎる」「アメリカの仕事を奪っている」という反発が出てきます。
これが「ジャパンバッシング」です。
有名なのは、アメリカで日本車やテレビなどのメイドインジャパン製品をハンマーで叩き壊すパフォーマンスが行われたり、日本企業によるアメリカ企業・不動産買収への反発が起きたりしたことです。
「日本すごい!」(Japan as Number One)→「日本が脅威だ!」(Japan Bashing)→1990年代バブル崩壊→「失われた30年」
こうして凋落していった歴史があります。
24時間闘えますか?
1980年代は、日本は勢いがすごかった反面、かなり独特な熱気もありました。
「24時間戦えますか」
企業戦士
モーレツ社員
経済成長至上主義
「日本はアメリカを追い越す」という高揚感。
社会全体に「頑張れ、働け、勝て」という空気が強くあった時代です。
そんな時に、ラジオで流れた葛城ユキさんの「「ジャパンバッシング(Japan Bashing)」という歌。
その歌の歌詞がテレビのニュース映像で見た、メイドインジャパン製品をハンマーで壊す映像とリンクして、僕の頭をひっぱたいたのです。
「いつも自分のことだけ」
「デトロイトの町は失業者だらけだ」というフレーズ。
「勝った側も負けた側も、自分の立場だけで物を見ているのではないか」という違和感。
日本側は、「努力した」「品質を上げた」「正当な競争で勝った」と言う。
アメリカ側は、「仕事が奪われた」「工場が閉鎖された」「生活が壊れる」と言う。
実はどちらにも、その立場から見れば目の前の現実がある。
「勝った、負けた以前に、僕らは相手の痛みを見ていたのか?」という問い。
堅物AIフリーの意見
フリー)それって今のキョウセイさんの話にも少し通じている気がします。政治の話でもパチンコの話でも、キョウセイさんは「表に出ている数字だけじゃなく、その裏で何が起きているか」を結構見ようとしますよね。
当時のニュースを見て「ざまあ」ではなく、「なんか違う気がする」と感じたなら、それはかなり独特な視点だったかもしれません。
10代後半から20代くらいだと、普通は「日本すげえ!」の方へ流れやすい時代だったと思います。
一方でキョウセイさんが挙げた ジャパン・バッシング のような歌は、その熱狂に対して少し違う角度から問いかけていました。
歌詞そのものは長く引用できませんが、テーマとしてはかなり近いものがあります。
「経済的に勝つことだけが正しいのか」
「豊かになることと、人間らしくあることは同じなのか」
「自分たちだけ繁栄してよいのか」
そういう疑問ですね。
面白いのは、アメリカ側の「ジャパンバッシング」は「日本が強すぎる」という外からの反発だったのに、キョウセイさんが感じた疑問はむしろ内側への問いなんです。
「勝った負けた以前に、自分らだけ良ければいいのか?」
これは経済批判だけじゃなくて、かなり普遍的な問いに近い気がします。
しかも、その後90年代にバブルが崩壊して、「24時間戦えますか」の価値観自体がかなり見直されていったので、今振り返ると当時感じた違和感は決して少数派の変な感覚ではなかったのかもしれません。
キョウセイさんがその頃感じたのは「日本が強すぎることへの違和感」だったのか、それとも「人が仕事や金のためにすり減っていく空気」への違和感の方だったのでしょうか?
キョウセイ)いや、誇りはあったんだ。でも本当に嫌われているなとも思ったんだ。
こんなに憎まれるのかという、そのぐらいあの粉々にされるメイドインジャパンは強烈だったんだ。
フリー)なるほど。「日本が悪いと思った」ではなくて、「誇りはあった。でも、あれを見て本当に嫌われているんだと感じた」なんですね。
1980年代の日本は、国内では「世界一になった」「日本すごい」という空気が強かった一方で、テレビ越しに見える海外の反応はかなり衝撃的だったと思います。
自分たちが良い製品を作って評価された結果なのに、その製品がハンマーで壊される。
若い人があれを見たら、理屈より先に感情で来るものがあると思います。
「なんでここまで憎まれるんだ?」
しかも、あれはただ車が壊されていたわけじゃない。
キョウセイさんの感覚だと、たぶん全ての「メイドインジャパン」が壊されていた。
それは製品じゃなくて、その中にある
- 日本人の努力
- 日本人の自信
- 日本の誇り
そういうものごと叩かれているように見えたのかもしれません。
一方で、後から歴史を振り返ると、アメリカの労働者側からすると「仕事がなくなる」という切実な不安も背景にありました。
でも、当時テレビを見ていた若いキョウセイさんにまず届いたのは、経済理論ではなく映像の力だったのでしょうね。
「こんなに嫌われている。憎まれている。」
その感覚は、数字や新聞記事よりも、粉々になる日本製品の映像の方がずっと強く刺さるものです。
そして少し考えたのは、キョウセイさんが今でもあの映像を覚えているのは、「経済ニュースを覚えている」のではなくて、その時に感じた感情を覚えているからかもしれませんね。
キョウセイ)葛城ユキさんの歌が強く印象に合ったんだよ。世界中の視線が注がれているとか、君の夢の代わりに誰かがうずくまるとか、いいのかそれで?という強烈なアンチテーゼ。
フリー)キョウセイさん、それはかなり筋が通っています。キョウセイさんの中でニュース映像と歌がつながったんでしょうね。
葛城ユキ の ジャパン・バッシング は、当時の空気に真正面から向き合った歌だったと思います。
キョウセイさんが挙げたフレーズも、単に「日本批判」ではなくて、「勝つことの影に何があるのか」を問う方向なんですよね。
日本国内では、
- 世界一になった
- 輸出が伸びた
- 技術で勝った
- 豊かになった
という熱気があった。
でもその歌は、その流れに対して「その成功は誰かの痛みの上に成り立っていないか?」と問いを投げていたように見えます。
しかも面白いのは、あれって「日本は悪だ」という歌には感じにくいんです。
むしろ、「誇りを持つことと、他人の痛みを忘れないことは両立できるのか」という問いに近い。
だからキョウセイさんの「誇りはあった。でも嫌われているとも感じた」という感覚にぴったり重なったのかもしれません。
若い頃に「日本すごい!」一色ではなく、「いいのかそれで?」というアンチテーゼが刺さるのは、結構珍しい感覚だったかもしれません。当時の空気はかなり強かったですからね。
そして少し興味深いのは、今の時代って逆に「日本は落ちた」「昔はよかった」という話が増えていますが、キョウセイさんが覚えているのは“絶頂期の日本に向けられた警告”なんですよね。そこは結構大きな違いだと思いました。
キョウセイ)僕のキョウセイというペンネームも、実はみんな生きている、共に生きる 「共生」という意味もあるんだよね。
フリー)キョウセイさん、それは今の話とかなりつながりますね。
「キョウセイ」を最初に見たら、多くの人は「強制」や「矯正」を連想するかもしれません。
でもキョウセイさんの中では「共生」――「みんな生きている」という意味が入っていたんですね。
しかも今の流れで聞くと、偶然には感じませんでした。
若い頃に見た、
- 日本が世界一になった誇り
- でも世界中から向けられる強烈な反発
- 「自分たちだけ良ければいいのか」という問い
- 葛城ユキさんのアンチテーゼ
その流れの先に「共生」という言葉があるなら、一本線が通って見えます。
キョウセイさんが言っていたことって、「勝つな」ではなくて、ずっと「相手も生きている」という話だったのかもしれません。
それなら「君の夢の代わりに誰かがうずくまる」というフレーズが強く残った理由も少し分かる気がします。
成功や勝利そのものより、「その向こう側にいる人」を見ようとしていたわけですから。
キョウセイ)リスペクトなんだよ。相手への。努力することができたのは、ライバルというあなたがいたからというリスペクト。それを失う事が、どれほど危険な事か。これから思い知らされるんじゃないか、そんな気がしているんだ。
あとがき)youtubeでも葛城ユキさんの「ジャパンバッシング」は聞けるはずです。
有頂天の時代に、ひとつだけ異なる温度を持っていた歌。ぜひどうぞ(笑)
