10年前、、、、高2の夏休みでした。
友達はみんな、学校行事のオーストラリアへホームステイに行くってんで盛り上がっていました。
でもその時すでに美大受験をしようと思い始めていたので、
ホームステイはあきらめて、受験勉強に夏休みすべてを捧げました。
池袋にあるマンモス美術予備校へ通う事に。
ちょー人数多い。
大学の受け入れ生徒数よりちょー多い。
最初は、油絵科も日本画科も彫刻科もデザイン科も分けずにデッサンを習います。
デッサンを通して自分の行きたい科を明確にして行くんですね。
早くスタートした子は中学から始めてるので、デッサンほんとにうまい!
まったくわかってなかった私は、モチーフの石膏像をみながら「きっと悲しい女性なんだわ」とか
勝手に思いながら描いてしまい、
先生から「なんかすげー悲しそうなんだけど」と笑われていました。
私は常に「君は油絵向きだね」と言われていました。
でも当時イラストレーターに憧れていた自分はデザイン科に行くことにしました。
今思えばそのとき先生の言う事を聞いておけば良かったのに。。。。
絵に情熱がありつつ、「絵描きでは食べて行けない」「大学就職率0%」に怯え
イラストレーターなら絵が描けて、仕事もある!おとなな考え!と思っていました。
デザイン科向きのデッサンというのは、形がしっかりと説明できるタイプ。
私のデッサンは、形はおおざっぱで、感性豊かなものでした。非常に。
それでも高3になり、夜間部へ通うときにはデザイン科へと進んでいました。
中学からずっと女子校で、男の子ともろくに話した事もなかったので
あんなオシャレでインテリで熱いクリエイターの卵たちにビビっておりました。
デザイン系のデッサンも一向にうまくかけず、
友達はみんな上レベル。(上中下レベルとは、みんなの意識の中でのレベル分け)
上レベルの子は他のクラスからもみんな見にきてて、輝かしく見えました。
その頃の私は中レベルでもがいていました。
でも毎日少しずつ成長しているのは感じていました。
受験の日が訪れ、その成長は間に合わず、落ちました。
それから1浪目も毎日成長を続け、私立大学は落ちました。
でもなんと、私立より難関の東京芸大の一次試験のデッサンが通ったのです。
記念受験として受けただけなのに。。。。
そのとき、継続は力なりって本当だと思いました。
でも二次試験で当然のように落ち、2浪決定!
2浪目になると、私はベテランになっていました。
高2の夏、始めた頃はなんでもなかったのに、
まるで女王扱い。
デッサンができる=崇拝の対象
ただ、長くやってるだけだったのに。
年間100枚以上、受験前には一日3枚は仕上げるというハードワーク。
土曜は休みなし、受験前は日曜も休みなし。
遊ぶ時間なんて無かった。
それでも受からないものは受からない。
2浪目で落ちた時、地面が崩れて落ちる時の感覚がしました。
底は無く、暗闇の中落ち続ける感覚。
ものすごく高い津波に飲まれる夢を毎日見ました。
毎日吐きました。心が無くなった気がしました。
もう歩けない、進めない、終わりにしたい。。
ナイフで体を傷つけたりして、現実から逃げようとしました。
親の顔も見れませんでした。
ただ、自分がかわいそうだったんですね。
自分の非を認めず、悲劇のヒロイン気取りの迷惑なヤツ。
自分がかわいそう状態はしばらく続きました。
その後すぐに専門学校へ。
専門学校は寛大です。
絵が描けなくても学ばせてくれます。
先生たちは丁寧に教えてくれます。
最初はスネていた私も徐々に丸くなり、
素直に、そして前よりも描けるようになりたいと思い、
常にデッサンのクラスを取りました。
日中のクラスもデッサン。
放課後もデッサン。
日中のクラスも放課後のクラスもどちらも先生がすばらしかった。
どちらの先生も芸大の彫刻科出身で実力があり、
しかもなんと兄弟でした。
先生たちのおかげで、さらに2年間デッサンを勉強できました。
描けるようになればなるほど、成長は感じても、描けてはいないという気がしていました。
中毒かもしれませんね。
でも、尺八の先生も同じ事を言っていました。
「ふけるようになるほど、ふけてないと感じる。上には上がいる。」と。全く同じ。
デッサンは基本だと言います。
でも、デッサンを習わなかった人でもすばらしいアーティストがたくさんいます。
きっと、天性のものがあるんだと思います。
私は天性のものがそこまであるわけではありません。
だからデッサンが必要です。
私はまだ達してません。
思い通りのものが描けません。
デッサンで学べることは多いです。
計画性、観察力、客観視、集中力、忍耐力、、、、
これらを自分がどれだけ出来るかが絵によって見えます。
これが私の基本です。
私がデッサンを続ける理由はそこにあります。
終わりの無い修行。
死ぬまで離れない友達のようなものです。
それはどんな職業にもあてはまるものがあると思います。
アメリカでは絵画を学ぶ予定です。
色々と物の見方が違う中で、何が学べるんだろう!!
本当に楽しみです。
こんな足踏みばっかりしている私ですが、よろしくお願いします。
読んでくれて、ありがとう!
おまけ画像は 2浪の始めの時のデッサンです。
静物デッサンですが、
たまたまこの位置の構図が意味ありげでした。
タイトルは「生贄」ってなかんじです。

友達はみんな、学校行事のオーストラリアへホームステイに行くってんで盛り上がっていました。
でもその時すでに美大受験をしようと思い始めていたので、
ホームステイはあきらめて、受験勉強に夏休みすべてを捧げました。
池袋にあるマンモス美術予備校へ通う事に。
ちょー人数多い。
大学の受け入れ生徒数よりちょー多い。
最初は、油絵科も日本画科も彫刻科もデザイン科も分けずにデッサンを習います。
デッサンを通して自分の行きたい科を明確にして行くんですね。
早くスタートした子は中学から始めてるので、デッサンほんとにうまい!
まったくわかってなかった私は、モチーフの石膏像をみながら「きっと悲しい女性なんだわ」とか
勝手に思いながら描いてしまい、
先生から「なんかすげー悲しそうなんだけど」と笑われていました。
私は常に「君は油絵向きだね」と言われていました。
でも当時イラストレーターに憧れていた自分はデザイン科に行くことにしました。
今思えばそのとき先生の言う事を聞いておけば良かったのに。。。。
絵に情熱がありつつ、「絵描きでは食べて行けない」「大学就職率0%」に怯え
イラストレーターなら絵が描けて、仕事もある!おとなな考え!と思っていました。
デザイン科向きのデッサンというのは、形がしっかりと説明できるタイプ。
私のデッサンは、形はおおざっぱで、感性豊かなものでした。非常に。
それでも高3になり、夜間部へ通うときにはデザイン科へと進んでいました。
中学からずっと女子校で、男の子ともろくに話した事もなかったので
あんなオシャレでインテリで熱いクリエイターの卵たちにビビっておりました。
デザイン系のデッサンも一向にうまくかけず、
友達はみんな上レベル。(上中下レベルとは、みんなの意識の中でのレベル分け)
上レベルの子は他のクラスからもみんな見にきてて、輝かしく見えました。
その頃の私は中レベルでもがいていました。
でも毎日少しずつ成長しているのは感じていました。
受験の日が訪れ、その成長は間に合わず、落ちました。
それから1浪目も毎日成長を続け、私立大学は落ちました。
でもなんと、私立より難関の東京芸大の一次試験のデッサンが通ったのです。
記念受験として受けただけなのに。。。。
そのとき、継続は力なりって本当だと思いました。
でも二次試験で当然のように落ち、2浪決定!
2浪目になると、私はベテランになっていました。
高2の夏、始めた頃はなんでもなかったのに、
まるで女王扱い。
デッサンができる=崇拝の対象
ただ、長くやってるだけだったのに。
年間100枚以上、受験前には一日3枚は仕上げるというハードワーク。
土曜は休みなし、受験前は日曜も休みなし。
遊ぶ時間なんて無かった。
それでも受からないものは受からない。
2浪目で落ちた時、地面が崩れて落ちる時の感覚がしました。
底は無く、暗闇の中落ち続ける感覚。
ものすごく高い津波に飲まれる夢を毎日見ました。
毎日吐きました。心が無くなった気がしました。
もう歩けない、進めない、終わりにしたい。。
ナイフで体を傷つけたりして、現実から逃げようとしました。
親の顔も見れませんでした。
ただ、自分がかわいそうだったんですね。
自分の非を認めず、悲劇のヒロイン気取りの迷惑なヤツ。
自分がかわいそう状態はしばらく続きました。
その後すぐに専門学校へ。
専門学校は寛大です。
絵が描けなくても学ばせてくれます。
先生たちは丁寧に教えてくれます。
最初はスネていた私も徐々に丸くなり、
素直に、そして前よりも描けるようになりたいと思い、
常にデッサンのクラスを取りました。
日中のクラスもデッサン。
放課後もデッサン。
日中のクラスも放課後のクラスもどちらも先生がすばらしかった。
どちらの先生も芸大の彫刻科出身で実力があり、
しかもなんと兄弟でした。
先生たちのおかげで、さらに2年間デッサンを勉強できました。
描けるようになればなるほど、成長は感じても、描けてはいないという気がしていました。
中毒かもしれませんね。
でも、尺八の先生も同じ事を言っていました。
「ふけるようになるほど、ふけてないと感じる。上には上がいる。」と。全く同じ。
デッサンは基本だと言います。
でも、デッサンを習わなかった人でもすばらしいアーティストがたくさんいます。
きっと、天性のものがあるんだと思います。
私は天性のものがそこまであるわけではありません。
だからデッサンが必要です。
私はまだ達してません。
思い通りのものが描けません。
デッサンで学べることは多いです。
計画性、観察力、客観視、集中力、忍耐力、、、、
これらを自分がどれだけ出来るかが絵によって見えます。
これが私の基本です。
私がデッサンを続ける理由はそこにあります。
終わりの無い修行。
死ぬまで離れない友達のようなものです。
それはどんな職業にもあてはまるものがあると思います。
アメリカでは絵画を学ぶ予定です。
色々と物の見方が違う中で、何が学べるんだろう!!
本当に楽しみです。
こんな足踏みばっかりしている私ですが、よろしくお願いします。
読んでくれて、ありがとう!
おまけ画像は 2浪の始めの時のデッサンです。
静物デッサンですが、
たまたまこの位置の構図が意味ありげでした。
タイトルは「生贄」ってなかんじです。









