毎朝、電車に乗る。


人々はうだつの上がらない顔をして、
小さな画面の広い世界を見ている。


僕は昨日と変わらない窓の外を見る。


ホームセンターの看板。


通学路を行く高校生。


コンクリートで舗装された川。


田舎にいた頃、車窓からは
田んぼと山しか見えなかった。


ガラガラにすいた1両編成。


暖房がやけに効いていて、
四人がけの席に進行方向を向いて
毎朝座っていた。


窓から見える景色の移り変わりで、
季節が変わっていくのがわかった。


桃色は春。


緑は夏。


赤は秋。


白は冬。


今の街ではそんなことを
気にする暇もなく、時間は過ぎていく。


気づけばこの街に来て、
1年が経とうとしていた。


生活に変化はない。


職場と一人暮らしのワンルームを
行き来するだけだった。


手のひらサイズの世界を見ると
友人は幸せそうな顔している。


私の顔はどんなふうに写るのだろう。


出入り口のそばに立ったまま
インカメラを起動してみる。


あぁ、こんな顔か。


1年前となにも変わらない顔が
そこにはあった。


少しやつれたかも知れない。


昨日の晩に泣いて、腫らした目元は
まだ赤かった。


扉が開き、風が吹き込む。


人いきれのターミナルは
雑音で満ちていた。


「冬の匂いだ。」


冬の風は寂しさを集めたような匂いがした。


同情しているのか、
それとも嘲笑っているか。


今回も春は来なかった。


失恋した。


まただ。


また伝えることができなかった。


いつも私の恋は実らない。


私が好きになった途端、
その人は私が敵わないような
人を見つけてくる。


それを楽しそうに話すその人を
見るとなにも言えなかった。


「まだ泣くな。」


「今泣くな。」


「今泣いたらこの恋は終わってしまう。」


その話を聞いている時、
瞼のダムを決壊させないように
するのに精一杯だった。



あの人は今頃デートをして、
手を繋いで、映画を見て、
楽しく過ごしている。


それでいい。


それでいいんだ。


言葉にできないことが多すぎた。


感情を整理しても次から次から
絡まったコードのような思いが
どこからともなく湧いてくる。


「好きだったのになぁ、、」


私だけにその笑顔を向けて欲しかった。


私だけにその手を差し出して欲しかった。


私だけを好きになって欲しかった。


甘えた声も、手の柔らかさも、
体温も、涙も私がもらう権利はない。


「海、、、行きたいなぁ。」


自分の部屋にいると辛くなる。


自分の部屋だと悲しみに向き合ってしまう。


何も考えたくない。


それが一番の欲求だった。


だから最低限の荷物を持って、
殺風景な部屋から逃げ出した。


水筒に入れたお茶を飲む。


ひたすらに電車に揺られる。


イヤホンから流れる音楽を聴き、
目を瞑る。


それだけで世界に
自分一人しかいないような感覚になる。


何より電車に乗っている人はみんな、
顔を下に向けて、スマホの画面を見てる。


自分という言う存在を意に介していない。


そんな空間が電車には存在する様な気がする。


「スマホの中の世界と現実の世界はどっちが広くて、どっちが面白いんだろう、、、」


窓の外を見る。


私一人を乗せた電車は都市部を抜け、
海沿いを走る。


久しぶりに見た海は鈍色に光っていた。


電車は海以外の景色を追い越していく。


「目の前のこれはみんなにとっては
面白くないのかな、、、」


車掌のアナウンスが細く響く。


「次は〜、○○。○○。お降りのお客様はお忘れ物の無いよう、ご注意ください。」


そのアナウンスに反応するのは私だけだ。


こんな真冬に海に行く奴はいない。


おろしたてのスニーカーはまだ硬く、
私は車外に出るなりつまづいた。



海に行った時の動画