ある喫茶店(名古屋ですから(笑))でお昼を食べていたら、隣の席の女性が大きな声で、「私は傷ついたのよ!」を連発していました。聞きたくなくても、余りにも声が大きくて、会話の全部が半径10メートルぐらいに響いてしまっていました。
お相手は多分ご主人と見られる方。お優しいのか、男性は落ち着いて、感情的にならず、どちらの方を持つのでもなく、公平にかなりリーゾナブルな対応をされていました。
でも、女性はそれにもまた腹が立ったようで、「傷ついた私はどうなるの!」と最後まで言っていました。
最終的には、事のあれこれよりも、男性が女性が「傷ついた」事に構ってもらえるかどうかが、女性の感情の起伏に影響したようでした。
ところで、「傷つく」ってどういう意味なんでしょうか?
誰でも、誰かに裏切られたり、嫌味を言われたり、嫌がらせをされたり等色々な事が予期しない時に起きて、「傷つき」ます。
少なくとも傷ついた気持ちになります。
もし、そんな気持ちになったら、少し、気持ちが落ち着くまで自分を離して、その状況を見てみてください。
すごく、客観的に見られるまで、鳥瞰図のように見てください。
その状況が確立されるのに、欠かせないビリーフ(信念)とは何か、考えてみてください。
その現実を支える、実現させるのに欠かせないビリーフがそこに存在していなければ、悲しい気持ちや裏切られた気持ちにならないからです。
それが、わかったら、そのビリーフと向き合ってみましょう。
それは、あなたに必要なものですか?
必要であったのなら、どんなお役目をそのビリーフはしていたのでしょう?
そのお役目から解除てあげてください。
そのビリーフを手放してあげてください。
すると、きっと、同じ場面を想像しても、もう、同じ感情にはならないはずです。
「私は傷ついた」と言う言葉を使う度に、心も身体もまた過去の体験を味わう事になります。
ビリーフを探して、傷つくのではなくて、ビリーフがあるから、「傷ついた」ような体験をしたと思ってください。
「傷ついた」のではなく、そう感じてしまっただけなんです。それはあなたが悪いわけではありません。
ただ、そう感じさせるビリーフがその裏にはあったのです。
それをキレイにお掃除しちゃいましょう。
そのうち、「傷ついた」とか「傷つけられた」と思わなくても、過去を振り返る事ができ、微笑む事もできるようになります。