馬鹿の語源は、秦王朝末期、始皇帝亡き後権力を握った超高が、自分の意をくんだものを見分けるために、馬を指して鹿と言い、言わぬものを自分の敵として誅殺したという。転じて馬鹿とは権力に阿(おもね)り、理を曲げ、国家衰亡へと導く愚者を指す。
いまの国会論戦をみるに、憲政を踏み外した法案を通さんと、理の通らぬことを一国の行政を預かるトップがまくし立てる。
周囲も、権力に阿るまさに馬鹿揃い。まさに、秦王朝末期を見ているようだ。
さしもの憲法改正論者も、解釈論での突破は理が通らないことを知っている。だから説得も情緒的になってきた。
超高とともに二代目を擁立した丞相李斯は法理の実務家として秦帝国の天下統一に大いに貢献したが、理を曲げ、馬鹿に交わりついには処刑された。
憲法改正なら堂々と国民に問えばよい。
しかし、馬鹿の多さにびっくりする。