ユッケの問題は、けっこう根深いと思います。

死者を含む犠牲者が多数出ており、一刻もはやい流通プロセスと責任所在の解明が待たれます。


ただこの間、よく出てきた論調は、


「安い=だから粗悪(なにをつかっているかわからない)」


であり、表面的な「安売り」=「悪玉論」がぞろ出てきたことです。


わたしは、これに関しては、安さの根拠を2つに整理しないとまずいのかなあと思います。


ひとつは


安さの根拠が、下記のような理由による場合です。


1)粗悪かつ不透明な生産流通プロセスのまやかし、だましによるもの

2)取引先(生産者・ベンダー・物流関係者など)に対する根拠のない一方的な押し付けによるもの

3)法令をはるかに超えたサービス残業、低人件費によって実現されるもの

4)自由競争の名のもとに業界秩序を破壊する方法によって実現されるもの


これらは「安売り」=「絶対悪」だと思います。


1)はかつて「事故米」という問題もありました。BSE問題、餃子問題も記憶に新しいところです。かつて「流通=暗黒大陸」というたとえがありましたが、これはいまだに不透明な部分が多いのが実情です。


「事故米」は給食やコンビニのおにぎりなど最終消費者の口にまでいってしまいました。これは恐ろしいことです。


かつて吉野家さんで、禁輸指定になっていた部位が、物流センターの冷蔵庫で発見されたということがありました。


このときわたしは、吉野屋さんのチェック体制があればこそ、ここで止まったのだと感心しました。


小売流通業界は、これらの不透明な流通プロセスをいかにクリアにしていくかということが常に問われていると思います。


また今回は、法律、行政のお達し、小売り(飲食店)、卸がそれぞれ、「誰かがそれぞれの責任でやっているはずだ」という共同幻想もあらためて顕在化しました。


であればこそ、「自社の責任において万全を期すチェック体制」がなくてはならないでしょう。ある意味法律、行政、国際基準を超える体制が必要なのかもしれません。このコストは不可欠のものであり、これをすっとばした「安さ」もまた問題があります。


4)はちょっと難しい問題も。秩序というのは、護送船団的な意味ではなく、ここでは、たとえば倒産横流れ商品を「市場最低価格」としてネット販売するような方法を指します。

もうひとつの「安さ」は、「安心」「気軽さ」がベースになるものです。


かつて山形の酒蔵高木酒造さんを取材でお訪ねしたことがあります。「十四代」で有名ですね。


ここの15代目の顕統氏は、シリーズの嚆矢となった「本醸造本丸」に最大の力、細心の注意、最新の技術をつぎ込みました。


これは一本、1980円です。安いです。


かれは言いました。


「もっとも皆さんに飲まれる普及品こそ手が抜けない」。

「だからこそ、廉価版で自分の力を試したかった」。


デビュー当時から「十四代 本丸」は大人気になりました。

都内の居酒屋では一杯1000円が普通でした。


市場原理と言えば、それまでですが、かれは、そんな状況をちょっと心苦しく思っていました。

ほんとうは一杯300円くらいで気軽に飲んでほしかったのです。


かれが、学生時代に鍛えられた東京の名居酒屋の数々。そこでの経験は、小さな酒蔵の丹精こもった逸品を気軽に楽しめるというものでした。*そのうち大塚の「串駒」さんは、わたしも時折行きます。


それがかれが「本丸」づくりをはじめた動機です。


この本丸の大成功で、かれは「十四代」の素晴らしいシリーズを作り上げていきます。


廉価版ほど手が抜けない。皆に手に渡りやすい商品こそ、もっとも安心安全の努力が払われなければならない・・。たぶんT型フォードもカローラも、ウォークマンもそうだったのでしょう。


生産者の思いをこめた「気軽に楽しんでもらいたい」という「安さ」のポリシーは、わたしは支持します。


またその気持ちをくみ取って、生産者や取引先が生きるような「小売流通プロセス」の合理的改善努力による「安さ」についても大いに支持します。


危惧するのは、こちらの「安さ」も「悪」とひとくくりにされてしまうと、ちょっと厳しいなあと考える次第です。


「安」というのは二面性がありますよね。


安全、安心、安泰、安寧といったプラス的なイメージの言葉もあれば、


安っぽい、安直といったマイナスのイメージの言葉もあります。


また「常用字解」に頼るのですが、


「安」はもともと、家の中で女性が横たわり、家を守る祖霊と同化するという意味から発生したと説明しています。


白川漢字学では、もともとは「安心」「安泰」「安寧」の安だったんですね。