すみません、タイトルをパクリました。
このブログ開設で知り合った写楽の木下社長と打ち合わせ。
月刊MD5月のPOP特集づくりでインタビューさせてもらいました。
http://ameblo.jp/tuyoshi-kinoshita/entry-10846950075.html
(木下社長のブログ)
これが実に面白く、かつ超実践的。
Dg.Sの世界にぜひ入ってきてほしい人物です。
特許申請がおりたという「エコポップ」は、チェーンストアの世界でいう「PDQ」の類型のひとつ。
15秒で等身大POPができてなおかつコストダウン、ゴミも削減できるというスグレモノ。
しかもゴンドラのサイドネットでもどこでも展開可能。
これあとで木下社長に頼んで動画リンクはらなきゃ。
今後の月刊MDを楽しみにしていてください。
さて、社長のブログどおり、銀座にて一献。
熱かったですねえ。
お互い「経済は止めるな」論者。
銀座に事務所を構える彼は震災後、毎日かならず飲食店に寄る。
「ただでさえ、客がおらんなか飲食店さん大変やろ、いかないかんと思うし、いったらものすごく喜んでくれる」。
さすがに毎晩では体もきつい。でも彼はこれからも続けるだろう。すごい人だ。
彼の盟友のひとり「養老乃滝」の副社長は、6店舗を流される被害にあってしまった。
その中で彼もまた奮闘している。
合言葉は、「こんなときこそかならず開けよ」。
計画停電地域は、まっくらでも懐中電灯とガスコンロで店を開け続けている。
懐中電灯持参客は、一杯サービス。
こんなときこそ、東北の産品を食して、お金をおとすべき。
学生や子供たちは、稼ぐ手段がないから街頭で募金を呼びかけるのはありだろう。
でも我々は、働いて、働いて、その中で義援金を送るべきなのだ。
どっかの知事が花見自粛とか言っていた。
たしかにどんちゃんさわぎをやる気分ではない。またそれをするのはわたしも抵抗がある。
でも民俗学的知識をひけらかすわけではないが、
古来日本人は、死者を鎮魂し、悼み続ける装置としての「祭り」があった。
「講」や「結」というものもそうだ。一番わかりやすいのは盆踊りだろう。
突然の、無念の死について皆が思いをはせる・・
日本の多くの古くからの祭事は、この声なき魂を鎮めるために行われてきたもの。
だからというわけではないが、
うちの近所の井の頭公園でも、花見の途中で、来場客全員、ある一定の時間、黙とうを捧げたらどうか。
そして静かに名残の花を愛でる。この桜を見ることができなかった魂に思いをこめて。
親しい仲間と震災のことについて話すのだ。そうやって2011年の花見は、日本人皆が心に刻む機会になるだろう。
毎年、11年の花見がどうであったか、語り継ぐのだ。
そういう業を背負いつつ、それでも生きていかなければならない「我々」を自覚するために。