世界がピンク -2ページ目

世界がピンク

ももクロにどハマりしたおっさんの、いろいろとイタめなメモ帳。

4人の女の子たちが、でっかい夢に全力で立ち向かう。
彼女たちの武器は、「気持ち」と「タフな仲間たち(メンバー、スタッフ、モノノフ)」。

 いろいろ調べてたら、モノノフじゃない人たちでも「この苦情はどうなんだろう」とか「市の対応おかしくない?」とか好意的にこの騒動を受け取ってくれている人も多いのですが、中には「そりゃ差別はダメだろ」とかいう意見も散見されたので、あまりにも悔しくて、ちょっと記録に残しておきたいと思ってキーボードを叩いています。
 ひさしぶりのブログ更新が、こんなテーマなのは我ながら情けないのですが、ご容赦下さい。
 
 以下、長文です。モノノフさんは、読まなくても大丈夫。理解していること、知っていることばかりです。こうして残しておくのは、ももクロのことを誤解されたまますれ違っていく人をひとりでも減らしたい、という過剰な我欲からです。ネット記事や面白おかしく取り上げるTVの情報バラエティで頭ごなしに決め付けるんじゃなく、気まぐれでも何でも良いので確認してみようと思った誰かの目に留まることがあれば良いなぁ、と。


 この騒動について考えるには、以下のガイドラインを把握しておく必要があります。


・ももクロの「男祭り」「女祭り」とは、他のアーティストでもしばしば催されるような「企画的制限」であって「差別的制限」ではない。
・恒例として、「男祭り」と「女祭り」とは、近い時期に前後して開催するか、あるいは期間が空いてしまう場合には交互に開催される。
・ももクロ側は、市(≒天満宮?)から打診を受けたことをキッカケに、ライブ開催地として太宰府市を選択した。
・市の金は使われていないことから、ももクロ側には厳密な公的行事であるという認識はなかった。

 以下、今回の発端となった記事を皮切りに、今回の案件を積極的に報道している「朝日デジタル」の記事を引用します。抽出引用では、切り取り方に私の主観が入りすぎること、リンク引用のみではリンク切れが起きた場合あるいは後日に元記事に加筆修正等がなされた場合に噛み合わなくなりうることから、全文を引用しています。

 人気アイドルグループ「ももいろクローバーZ」が31日に福岡県太宰府市の国特別史跡・大宰府政庁跡で開く男性客限定のコンサートをめぐり、地元の女性団体などから疑問の声が上がっている。コンサートは九州国立博物館開館10周年などを祝う催しで、市などの実行委員会が計画した。女性団体は「市が絡む公の記念行事が、なぜ男性限定なのか」と批判している。
 コンサートは太宰府天満宮、九博、市などでつくる実行委が計画。全国から1万2千人が集まる見込み。
 天満宮によると、西高辻信宏権宮司が知り合いを通じももクロを知り、市側に協力を要請。7月に実行委を立ち上げた。天満宮は8月下旬、男性限定と知り、別の形式での開催を依頼したが、ももクロ側に「この形でやりたい」と断られたという。
 「男女共同参画を進める市民ネットワーク太宰府」は、市男女共同参画推進条例に基づく苦情を市側に申し立てる方針で、「市は男女共同参画社会形成や男女平等の意識が低いと言わざるを得ない」と話す。すでに苦情を申し立てた市内の別の女性団体も「民間のイベントなら仕方ないが、市が関わる行事でなぜ男性限定なのか。実行委の内部で異論は出なかったのか」と首をひねる。
 ももクロは2012年にも東京の日本武道館で男性客限定、女性客限定のコンサートを開いている。市の担当者は「市は実行委に入っているが、コンサートの内容を決める権限はない。女性限定、10代限定などのコンサートもあり、男性限定も問題ないのではないか」と話す。当日は福岡市の映画館などでライブビューイングがあり、女性限定で見られるという。

 太字の部分が苦情の内容です。対象はあくまでも「市」であり、民間のイベントならば不問としていたであろう旨も報道されています。
 ただし、こうして「男性限定」が問題視される裏側を鑑みて、冒頭にガイドラインとして上げたとおり「差別的な色合いが皆無の男性限定」であり、公的だろうと私的だろうと、そもそも問題視する必要がない制限でなんですよ、ということは強調しておく必要があります。また、ももクロ側としては、市からは会場を借りるだけなので、公的行事だという認識にはなかったことも、念頭に置くべきでしょう。

 おっと、話を元に戻します。

 その苦情に対する市の対応が赤字の部分。
 とりあえず、「コンサート内容を決める権限」がない、なんていうのは当り前のことです。しかし、場所を使わせるかどうか、記念行事の一環(であると錯誤させるに十分なライブタイトルです)として開催させるかどうか、についての権限は市にあります。というより、その権限は市にしかないはずです。
 さらに、注目すべきは「男性限定も問題ないのではないか」と話している点です。市は、「男祭り」が後々波紋を呼びうることを認識し、しかしながら、問題ないのではないかという判断をしていたわけです。

 にもかかわらず、その2日後にこんな動きがあったことが報道されます。

 人気アイドルグループ「ももいろクローバーZ」が31日に福岡県太宰府市で、市を含む実行委員会の計画で「男祭り」(男性限定コンサート)を開くことに地元の女性団体などから疑問の声が出ている問題で、太宰府市の芦刈茂市長は13日、実行委事務局にコンサートの名称変更と、性別を限定しないチケットの販売を文書で申し入れた。この日は市議会の議員協議会も開かれ、議員から「営利目的ではないか」などの意見が出た。
 ももクロが所属する主催者の芸能事務所「スターダストプロモーション」に対しては、実行委事務局から伝えてもらう。チケットの応募は締め切られて抽選になったが、まだ入金されていない分が2500枚ほどあるという。
 太宰府天満宮にある実行委事務局の担当者は取材に「申し入れの内容を吟味し、スターダストさんとも話をした上で、回答したい。今の段階ではこれ以上言えない」と話した。
 議員協議会は非公開であった。出席議員らによると、当初7千円の予定だったチケットが最終的に8500円になったことについて、ある議員は「入場料がかなり高額。営利目的ではないか」とただした。
 コンサートは1万2千人が来場する見込み。1人8500円だと、チケット収入は約1億円となる。市によると、特別史跡でイベントを開催する場合、大義名分と市の関与が必要となるが、史跡の使用料は原則無料という。「大義名分」として今回は九州国立博物館開館10周年、水城築造1350年記念などの冠がついている。
 議員からは「九博10周年などを記念し、太宰府の歴史と文化を知ってもらう目的なら、制限を設けるべきではない。市の男女共同参画推進条例とも矛盾するのではないか。男性限定であることがわかった段階で実行委から出るべきだった」との声もあったという。
 「男女共同参画を進める市民ネットワーク太宰府」は同日、「市が実行委に加わっているのに男性限定で進んでいる。市は芸能事務所に指導すべきなのに、それがなされなかった」として、市男女共同参画推進条例に基づく苦情を市に申し立てた。

 同じく、太字の部分が苦情の内容です。ひとつめの記事に記載のあった「公の記念行事が、なぜ男性限定なのか」という苦情の主旨と、この騒動のカギとなる青文字の部分をしっかりと念頭に置いて考えると、Twitterなどで嘲笑の対象になっていた「営利目的ではないか」という懐疑的非難そのものは特段におかしなものではないことが分かります。
 つまり、本来ならば、営利目的でしかないイベントは行うべきでないわけです。ちなみに、やはり苦情の対象は一貫して「市」です。ここまで、苦情の内容は極端な論理破綻をきたすことなく、「まぁ一理ある」という状態を保っています。

 しかしながら、これに対する市の対応が、赤字の部分です。責任を負うべき立場にある「市」が、リカバリー対応を巻き込んだ相手にのみ押し付けていることが分かります。
 本来ならば、「私どもの甘い認識と拙い判断で許可しましたが、何とかお願いできないでしょうか」というスタンスであるべきところが、この対応です。「ああ所詮は民間とは違ってアレなんですね」というステレオタイプな偏見に満ちた皮肉のひとつも言いたくなります。

 さて、その日の夜の報道記事です。

 太宰府市で31日に男性限定で開かれる人気アイドルグループ「ももいろクローバーZ」のコンサートの実行委に市が名を連ねている問題で、I(アイ)女性会議県本部(福岡市)の4人が14日、芦刈茂市長に面会し、「男女共同参画のアンテナを高く掲げ、しっかり判断してほしい」と要望した。
 奥節代事務局長らによると、芦刈市長は席上、「8月に男性限定とわかって『困る』と指摘した」と説明したという。これに対し、女性会議側は「市はその時点でもっと踏み込むべきだった。市長の責任が問われる」と話したという。
 13日には、「男女共同参画を進める市民ネットワーク太宰府」が市男女共同参画推進条例に基づく苦情を市に申し入れた。「市は実行委に加わっているのに、男性限定で進んでいる。市は芸能事務所に指導すべきなのに、それがなされなかった」としている。

 同じく苦情の主旨は太字の部分です。主張の内容については「まぁ、一理ある」という状態を保っています。
 推測でしかありませんが、この頃には「男祭り」に差別的な意味合いがないことを苦情の主も把握しているんじゃないでしょうか。何となく、振り上げた拳を下ろすタイミングを計っているようなニュアンスを感じるような気がします。

 だからというわけでもないのでしょうが、その翌日、一応の決着を匂わせる報道がありました。

 人気アイドルグループ「ももいろクローバーZ」が福岡県太宰府市の国特別史跡・大宰府政庁跡で31日に開く「男祭り」(男性限定コンサート)について、市は15日、「今回は予定通り開かせてほしい」とする回答が実行委員会からあったことを明らかにした。
 地元の女性団体から「市が絡む行事がなぜ男性限定なのか」と疑問の声が上がり、市は実行委にコンサートの名称変更と性別を限定しないチケットの販売を申し入れていた。
 回答は「市の考えは今後、配慮したい」としており、富田譲副市長は「公の場でのコンサートでは性別で色分けしないということが市の考え。配慮してもらえるのは良いこと」と話した。実行委事務局によると、回答はももクロが所属する芸能事務所「スターダストプロモーション」と実行委が話し合って出した。
 市の男女共同参画推進条例に基づき苦情を申し立てた女性団体は「今回のことをきっかけに市は男女共同参画について理解を深めてほしい」と求めた。

 市が出してきた、責任を他人に負わせようという要望に対して、ライブ主催側の応答は青文字の部分です。冒頭に記載したとおり、元より差別など一寸たりとも介在しない中で巡り合わせとしての「男祭り」であるにもかかわらず(順番次第では「女祭り」だったわけで)、いかにセレモニー的意味合いが強いとは言えども、今さらこんな当り前のことを述べねばならぬというのは、悔しいです。
 だって、見てくださいよ、市の対応を(赤文字の部分)。まるっきり他人事です。あなた、本当に市長なんですか、副市長なんですか、と疑いたくなります。

 ももクロちゃんのライブやイベントって、いつもなるべく女性優遇が行われているし、それが公言されているんですよ。その状況を男性ファンは、テンプレート的に「おい、また男の扱いコレかよ!」なんて笑いながら、受け入れている。「今後、配慮したい」なんていう、無配慮な運営であるかのような言葉を吐かなくちゃならないいわれはないんです。
 それでも、川上さんをはじめとする運営の人たちは、大人な対応に終始しているようです。ももクロちゃんたちもこの騒動の
(それこそ私のような感情的な人間がこうして我鳴り立てている)雑音にも負けず、立派に生放送に臨んでいました。

 チームももクロが「和背負い」を貫かんと奥歯を噛み締めているかのように感じられて、本当に頭が下がります。何度もブチ切れそうになりながらTwitterを見ていたんですが、そのたびに和背負い、和背負い、って自分に言い聞かせていました。^^;

 最後に。
 特にTwitterで、「男祭りは差別的制限ではない」「公的行事だという認識で進捗していない」ということを異口同音で叫んでいた方々、お疲れ様でした。感謝、感謝です。
 今の報道機関には裏取りをしっかりこなす余裕がないと指摘されて久しいです。多少おかしな内容の記事がポーンと世に出たりもします。あるいは情報のスピードが高速化していく中では、脊髄反射でおかしな言動が世に出ることもあります。
 そういうときに大事なのは、それは事実ではない、と言い続けることだと私は思います。世の中、馬鹿ばかりじゃないです。理解できる人のほうがきっと多いし、中にはそこから世界を拡げようという人だっています。
 正直なところ、イデオロギーのために闘っている人たちとは、いくら議論をしても無駄です。でも、声はデカいので、それが何も知らない人に伝わってしまうとまるで真実かのように受け止められてしまうこともあります。
 見苦しい? 堂々と動じずにいれば良い? 私はそんなことはないと思います。違うんなら違う、と反論すべきです。議論の通じない相手に、ではなく、それを見ている人・聴いている人を意識して。
 「幕が上がる」の先行上映を観てきました。
 以下、ネタバレはありません。もしお時間がありましたら、安心してお読みください。


 私はモノノフなので、この映画をすごく楽しみにしていました。事前にできるだけ情報を集め、いろんなメディアで、制作の裏話や試写を観た著名人の感想を仕入れていました。
 なので、クオリティが高いという評判や、全員がガチでつくりあげたことを知っていました。そして、それなりの期待を胸に映画を観ました。

 結論から言えば「私の期待どおりではなかった」です。
 映画としての出来が非常に良く、期待どおりどころか「私の期待をはるかに越えてきた!(^∀^)」としか言いようがありませんでした。

 いくら魂込めてつくったと聞かされようが。 そんなのは「ものづくり」に携わる人なら当たり前のように口にすることです。
 いくら著名人に誉められようが絶賛されようが。 そんなものは「商業作品のプロモーション」であれば珍しくもありません。

 つまり、私は「前評判」を話半分で聞いていました。過度に期待して、がっかりしたくはなかったんですね。
 でも、そんな私の意気地のない予想は、それはそれは見事に裏切られました。

 5人とも、本当に、本当に、素晴らしい演技でした。

 本職の俳優さんたちとしっかり渡り合えていた。
 試合を潰さず、むしろときに盛り上げながら戦えていた。
 掛け値なしに、そう思えました。


 ももいろクローバーZ(ももいろクローバー)が演技に臨んだ作品と言えば、「ももドラ」「悪夢ちゃんSP」「天使とジャンプ」などがあります。

【蛇足的補足1】
 他にも映画・ドラマと呼ばれるものへの出演がないわけではありません。ですが、「シロメ」「NINIFUNI」などは、がっつりももクロそのものとしての出演なので「演技の仕事」と呼ぶのは難しい内容です。「市民ポリス69」では、当時のメンバーの1人・早見あかりさんは主要キャストでしたが、今の「Z」の5人はチョイ役。エキストラに毛が生えたような出演です。

【蛇足的補足2】
 夏菜子ちゃんに限れば、「スジナシ」という笑福亭鶴瓶さんの即興舞台劇に挑戦したことがあります。この時点ですでに平田オリザさんの指導をいくらか受けていたとのことで、この舞台では爆笑モノの珍アドリブや鳥肌モノの涙などの伝説的エピソードが数多くあります。

 新しく演技の仕事が世にお披露目されるたびに、私はファンですから、「ずいぶん上手くなったなぁ!」などと相対的には賞賛はしてきました。でも、役者としての力量を絶対評価するならば、決して上手とは言いがたい。それが、私の5人の演技に対する評価でした。
 だから、いくら平田オリザさんが誉めて下さっていようが、どれほど時間をかけて演技を仕込まれたと語られていようが、「ま、上手くなってはいるんだろうけれど…」と。
 それ以上の期待はどうしても持てなかったんです。

 ホントに、ファン失格ですよね。
 事前情報で彼女たちが称えられていても、「幕が上がる」という映画が絶賛されていても、彼女たちがこんなにも演技がうまくなっているとは、私はまったく想像していませんでした。こんなにもきちんと映画として仕上げられているとは信じていなかったんです。


 これから観に行くけど本当に大丈夫なんだろうか……というモノノフさん。
 安心して、5人の演技を見てあげて下さい。
 黒木華さん、ムロツヨシさん、志賀廣太郎さんといったそうそうたる顔ぶれの俳優さんたちと同じ画面に収まっている姿を見てあげて下さい。


 そんなに言うなら観てやってもいいけど……というモノノフじゃない映画ファンの皆さん。
 もとより原作小説が素晴らしく面白いんです。
 その原作の温度や質量をできるだけ壊すことなく映画化されていましたから、ストーリーも安心して楽しんでもらえるはずです。


 平田オリザさんは様々なメディアで「ももクロさんたちの力を借りて、この映画をヒットさせたい」と仰っていますが、映画を観てしまった今では、私はこう感じずにはいられません。

 むしろ逆。
 この映画、アイドルを起用していなければ、ヒットしやすかったんじゃ…。

 主演の「女の子」たちの肩書が「アイドル」ではなく「若手女優」だったならば、それなりに動員が伸び、それなりの評価を得て、年末にはそれなりに何かしらの表彰式典なんかに制作スタッフや演者が呼ばれたり、そういう類の現象を起こしうるクオリティ。映画を観た私は、そう感じました。

 しかし、実際には「ももクロ」と呼ばれる女の子たちが主演している。
 この「ももクロ」という看板はモノノフを劇場に連れて来るだろう。
 だけど、その「ももクロ」という看板が、逆に映画ファンの足を遠のかせてしまう。

 今は、そんな危惧を抱いています。

 映画「幕が上がる」では、意図的に「アイドル映画」の質感を増すような仕掛けもしてあります。挿入歌もアイドル(ももクロ)の曲です。そのあたりは、バッサリと割り切って、ももクロの曲を外すくらいのことをしても良かったんじゃないか、と。そんなモノノフにあるまじきことを、私は感じました。(ただし!ED曲である「青春賦」は素晴らしいです。映画のテーマにぴったりの名曲!)
 そうまでして、本広監督や平田オリザさんが「アイドル映画として『幕が上がる』をヒットさせたい」と考えておられる、その想いは、私には正直なところピンときません。

 でも、私にできることは、今度こそあのコたちのチカラを信じることだと思っています。こんな素晴らしい作品をつくり上げたトップクラスの映画のプロ、演技のプロ、プロモーションのプロ、そういった職業人たちの仕事を信じます

 ももクロのファンがももクロが出演している映画を褒め称えても、説得力がない、信憑性がないかもしれない。
 だけど、良い映画なんですもの。
 信じてもらえなくたって、ただただ真摯に「良い映画だ」と言い続けるしかない。
 それくらいしか、私みたいなイチ個人にできることはありません。

 だから、私はコツコツと唱えます。^^
 「この映画は素晴らしい!」と。

 とりあえず、通常公開されたら。
 モノノフじゃない友だちに声をかけて、何度か映画館に足を運んでみます。
こちらはずいぶんと更新が滞っていましたね。
まぁ、元々がものぐさなので、ブログ更新となると、こんな感じです。
Twitterの方はダラダラとくだらないことを呟いていますが。

       ◇

そんなこんなで、行って参りました、桃神祭2DAYS。

いや、まぁ、その、あれです。
映画館でのライブビューイングなんですけどね。(^^;)

でもね、これが問題なく楽しかったんですよ。
本当にすごかった!
最高の夏祭でした。

ブロックをつなぐ演出も圧巻で、日本各地から、その土地の祭にちなんだパフォーマーさんたちが集い、踊り狂う。
その壮観な様子と来たら!

もちろん本編であるももクロちゃんたちのパフォーマンスも最高で。
もう、最初から最後まで。
ずーっと!
ずーーーーーーっと!!
ずーーーーーーーーーーーーっと!!!

ただ、ただ、楽しいっ!!!

このひと言に尽きます。

あーりんが年初から立て続けに見舞われた2回目の骨折から完全復帰した後、初の「大会」だったので、初日の最後にあーりんが、
「怪我のおかげで(成長できたし、気づけたことがあった)」
「ちゃんとしたパフォーマンスが見せられない間も、責めずに待っていてくれた」
といった言葉を口にしたときには、さすがに思わずグッと来るものがありました。

災厄に対して「おかげで」という言葉を使えるということは、取り戻せない時間と引き換えに、それでも何かを得て強くなった、ということです。
「責めずに待っていてくれた」という言葉を使ったということは、「責められても仕方ない」と自分を責めていた、ということです。
そう考えるともう、おじさんはね、おじさんはね…(。>_<)

だって、本当にあーりん、辛かったと思います。
18歳を迎える年に、動けない、踊れない、だなんて、あんまりです。
しかも2回も。
何ヶ月も。

えらいよ、ホントがんばったよ、あーりん。
文字通り、他のメンバーもきっとたくさんたくさん支えてくれたんだろうと思います。



……Σ(°Д°;)ハッ!

おっと、もとい。
そんなこんなで、少しジーンときたというか、しんみりした瞬間もなかったわけではないですが(本人も「ごめんね、重くなっちゃったね」的なことを言ってたような気がします^^)、それ以外は、本当にもう全編笑顔!
大げさじゃなしに本当に最初から最後まで、笑顔! 笑顔! でした。

これまではストーリー性を背景に、感動に浸れるようなライブも多かった、ももクロちゃん。
今回の桃神祭は、そういったものを排し、最初から最後まで、今のチームももクロが持っている武器だけで真っ向勝負。
徒手空拳のアウトプットで、昨年は芝生を使えなかった日産という「威容のスタジアム」に対峙した。
そんな印象のライブでした。

会場もどんどん大きくなって、動員数がどこまで伸びるかが注目を集めてきたことも事実でしょう。
でも、日産スタジアムという最大級の会場で、悪天候を吹き飛ばして2DAYSを務め切った今、彼女たちはもう、そういうフェイズを通過してしまったんだと思います。
年末の大会(ももクリ2014)では、SSA(さいたまスーパーアリーナ)。
スタジアムモードとはいえども、収容人数は国立や日産よりは小さいですが、満を持しての凱旋です。

もう集客数を誇る必要はないんですね。
もう感動の涙を引き出す必要はないんですね。

またひとつ、彼女たちが一段上の次元へと昇ったことを確認できた。
そんなライブだったように思います。

       ◇

あ、そういえば。
エンドロールのVTRでも、実は少しだけウルウルしちゃいました。
特に、夏菜子ちゃんが手荒いお誕生祝いを受けている映像、あれはヤバかった!
羨ましくて眩しくて微笑ましくて。
VTRを見つめる僕の頬はだらしなく緩みっぱなしなのに、両の目にはなぜか涙がじわっと。

もうね。
本当にこのコたち幸せそうだなー、って。
それをこうやって眺めてる僕も幸せだなー、って。
感動とか、そういうのとはちょっと違う。
「ああ良い光景だなぁ」っていう、穏やかな安心感からくる涙?

ずっとずっと、このコたちが笑ってられる世界だったら良いな、って思います。
このコたちが笑ってられる世界なら、それを見ている僕も笑ってられるはずなので。

フォーク村のときもそうでした。

僕は、つらいときは、あえてそれを繰り返して確かめます。
フォーク村の「秋桜」は、本当にもう、何度も何度も観ました。
繰り返し見て、直視して、何が原因でそんなにつらいのかよく考えて、消化する。
つらいから見ない、怖いから触れない、というのは性に合わないので。

今回、再び骨折してしまったという、佐々木彩夏さんからの報告。
http://www.ustream.tv/recorded/46373958
ちょどノフ友だちと飲み会をしているときに、Ustの予告を知りました。
飲み会の最中でしたが、胸騒ぎがして、21:30にはスマホでUstに噛り付きました。

やたらと堅い表情をしている川上さんの横で、強張った表情の佐々木彩夏さん。

僕は、国立のれにちゃんの一件のときも、辞めるということは考えませんでした。
ももクロの5人は、おそらく誰一人として急に辞めることはない、という根拠のない確信めいたものがあるからです。
今回も、Ust序盤のあーりんの様子を見ても辞めるということはないと信じていました。

ただ、何か問題を起こすということはありえると考えています。
その問題とは、世間一般じゃさほど問題にならないようなこと。
だけど、アイドル・芸能人としては決してよろしくないようなこと。
例えば、あまり誉められたものではないかたちでの恋愛であるとか。

僕がそういう事態を想定内にしているのは、5人を信用していないからというよりは、個人的には「世の中のハイティーンやハタチ前後の女性がやってるようなこと」は別にやっても良いじゃないか、という容認派だからです。
悪いことじゃないんだから、やっても良いし、やっても良いことなんだからつまり普通に起こりえる、という構えですね。

ただ、アイドルとしては、べき論から外れてしまうようなこと。
何かそのようなことがあって、ペナルティでも食らうのだろうか。
そんなふうに覚悟しました。

しかし、中身はそういう意味では拍子抜けするようなことでした。



またもや骨折。



これ、論理的に考えれば、誰が悪いでもなし、別に謝るようなことではありません。
しかし、謝らずにはいられない気持ちは分かります。
ファンの期待に応えて万全のパフォーマンスをすることができない。
そのことを職業人として佐々木彩夏さんは謝罪したのだと思います。

こんなに険しい、まるで大罪でも告白するかのような表情で、オンエア準備を待って。

けれど、一生懸命できるだけ明るいトーンで話して。
一通り話し終えたら、すごく呼吸が荒くて。
途中で唇かみしめて、何度もまばたきして涙こらえて。
最後は一瞬笑顔を作ろうとして、でも結局うまくできてなくて。

アイドルだから、笑顔で。
アイドルだから、明るく。
ファンの人を心配させないように。

それを見てるのが、本当につらくてつらくて。
もちろん一番つらいのは佐々木彩夏さんです。
それが分かっているから僕は、彼女のことを大好きなみんなは、あの中継映像を見ているのがつらいんだと思います。

でも、帰宅してから、何回も何回も観ました。

まだ十代の少女は、どんな思いでこの報告に臨んでいたのでしょう。
それを思うと、本当にたまらないです。
これほどの強い思いを持って、彼女が表現したことです。
苦しくても観なくちゃならない。
そんなふうに思ったんです。

だから、何回も何回も観ました。

「すみません!事務所からも……」
と川上さんが話した辺りで、佐々木彩夏さんの表情は一気に曇ります。
涙をこらえて、鼻をすすり、唇をかみしめて。

泣きたいのを我慢して、明るい声をだして、笑顔を見せようとして。
佐々木彩夏さんは、Ustの後、泣いていたといいます。
http://momoclonews.com/archives/37632424.html
こんな不運に見舞われてもなお、彼女は、佐々木彩夏さんは、ファンの前で、あーりんとしての務めを果たそうと、必死だったんだなぁと。

そう思うと、本当にありがたいような、苦しいような、愛おしいような、誇らしいような、でも、もっと楽をさせたいというような、何とも言えない複雑な感情が湧き上がってきます。

      ◇

最後に。
TLに流れてきた、ある著名人の方のツイートを。

今の若い人たちはどうなのか知らないけれど、私と同じか年上の世代なら、
「男は簡単に泣くもんじゃない」
と育てられた人も多いんじゃないでしょうか。

私はまさにそうでした。
幼児の頃、私は家庭の事情で、烈火のような気性の祖母に育てられました。
つらい、苦しい、しんどい、痛い、嫌だ、疲れた、悔しい……。
そういうネガティブな涙は、許されませんでした。


ももクロちゃんの新曲「泣いてもいいんだよ」
この曲は、そんな私にはドスンとくる歌詞です。


泣いてる間があれば説明しなさい。
泣くほど腹が立つなら、今から行ってやり返してきなさい。
これくらいのことで泣くんじゃない。

間違ったことは言われてこなかった、と理解しています。
おかげでずいぶんとタフになりました。
子どもたちも、同じ言葉で躾けています。
強くなって欲しいから。

だけど、昔の私や、私の子どもたちからすれば、どうでしょうね。
もしかすると有難迷惑なのかも(だったのかも)しれません。
けれど、少なくとも今の私は、そのように躾けられたことに感謝しています。

 ♪ こんな約束を僕たちはしていない

この、「こんな約束」とは何でしょう?

道徳(モラル)とは、社会にとって良いとされる「約束」です。
思いやりを持て。公共の場で迷惑なことをするな。
それは、そういう人で占められる社会の方が住みやすい、と考えられているからです。
それらに則っていない社会では、他ならぬ自分にも迷惑が降りかかるからです。

法(ルール)だってそうです。
なぜ人を殺傷してはいけないか。なぜ人のものを奪ってはいけないか。
それが許される社会とは、自分が被害者になることも受容する社会だからです。
私はそれが嫌だから、そういうルールのある社会に生きることをよしとしているのです。

では再び。
「こんな約束」とは何でしょう?

「泣かない」というのは、モラルではなさそうだし、もちろんルールでもないでしょう。
この「泣かない」というのは、自律(オートノミー)です。
かくあらずとも社会に迷惑はかけないけれども、それでも自分としてはかくありたい、という。

強い自分になるための「泣かない」という「約束」。
子どものころ私は、この「約束」を(明示的ではないけれど)躾を通じて祖母と交わしました。
いま私は、この「約束」を(明示的ではないけれど)躾を通じて子どもたちと交わしています。

しかしそれは、何があっても、何をされても、ただただ黙って、耐えて、諦めるためのものではありません。
こんな約束を僕たちはしていない、のです。

 逃げるな戦え、戦うのを止めたら終わりだ。
 びびってんじゃねぇよ、リスクなんて付き物だろうが。
 急げ休むな、立ち止まったら負けるぞ。
 昼も夜もないぞ、油断したら出し抜かれるんだ。

分かっています。
今の社会は、そうやって、かろうじて成り立っています。
いちいちそれに幻滅するつもりはありません。

僕らは、資本原理・競争原理が発展に繋がる構造の中で生きています。
この社会では、一般論として、大部分の人は、普通の人は、戦わなくちゃならない。
怯めば負ける。歩みを止めれば置いていかれる。
自分の時間を昼も夜も犠牲にして、どうにかこうにか。

そんなの全部分かっています。
より良い成果を求めて戦うことだって、悪いことじゃない。
だから、泣きごとを飲み込んで、歩く。

でもそれで万々歳、と思っているわけじゃありません。
僕らの感受性が、その一部分が、理屈じゃない何かを受信して痛むんです。
こんなの何かおかしいぞ、とワンワン唸ってるんです。
ひとしきり痛むアンテナもなくはない、んです。

ところが、どんなにおかしくたって、それが現実。
現実だから、簡単には変わらない。
だから、せめて。

つらい、苦しい、しんどい、痛い、嫌だ、疲れた、悔しい……。

そういうとき、たまには、ちゃんと泣いても良いんじゃないか。
泣いて、泣いて、それで前に進めるというなら良いんじゃないか。
たとえ泣き虫でも、それができるなら強いってことなんじゃないか。

     ◇

曲中、何度も何度も繰り返されるフレーズがあります。

 ♪ 全然泣けなくて苦しいのは誰ですか
 ♪ 全然いまなら泣いてもいいんだよ

祖母から教わった「泣かない自分」の大切さ。
その「自律」は、決して間違いじゃないと今も思っています。
ですが、不十分だったかもしれません。
この曲によって、その「自律」が補完されたというか、一段アップグレードしたような気がしています。

小さいわが子たちは、今はまだ「泣かない自分」の鍛錬中です。
もう少し大きくなったなら、「泣かない彼ら」にもちゃんと聴かせてやりたいな、と思っています。^^