スフィンクスの謎 | マサのドリームハンティング

マサのドリームハンティング

夢は「かなえる」というよりも、一生かかって追い求めるものではないでしょうか? なぜなら夢は次から次へと湧いてきて、変化していくからです。なのでタイトルも「ハンティング」としました。

「朝は4本足、昼は2本足、夜には3本足となるものは何か」

混沌の象徴、スフィンクスという怪物が、オイディプスに課した謎です。

オイディプスはこれに「それは人間だ」と見事に答え、

スフィンクスは消滅します。

しかし、その後オイディプスは、図らずも自分の父を殺してしまい、

また、知らぬこととはいえ、母親を后として迎え、交わってしまいます。

有名なこの悲劇は、どのような意味を含んでいるのでしょうか。

スフィンクスの謎は、以前にもこのブログで触れた、

人間のライフサイクルを表しています。

つまりオイディプスは、人間についての一般的な知識は持っていましたが、

その後のエピソードで明らかなように、

ついには「自分自身とは何か」ということは突き止められずに終わるのです。

これに由来する概念で、フロイトが提唱したものが、

「エディプス・コンプレックス」です。

本に書いてある定義をそのまま書きますと、

子供は自我に目覚めると、母親を独占したいと願うが、

強力な父親の権威の前に、それは出来ないと悟り、

父親の力の象徴に自己を同一化させ、

自分の中に複合体(コンプレックス)を形成する、

ということになります。

これは正しく理解するのが非常に難しく、僕もまだよくわかりません。

客体的自己に目覚める時期(3~5歳)をエディプス期といいますが、

大人への第一歩として、自分自身の出生を知ることを放棄すること、

つまり乳幼児期の自分を忘れることによって、

初めて人間は、「わたし」というつかみどころのない、

ある意味での「虚構」を手にする、ということではないでしょうか。

それはまた、私というものの成り立ちが、隠蔽されていることを意味しています。

…今回は(今回も?)よくわからない記事でした。どうもすいません。