昔、司馬遼太郎さんの小説に夢中になっていたときがあります。今思えば、おかしな話なのですが、代表作の一つである「坂の上の雲」を読んでいた頃は毎日、日露戦争のことを考えていたような気がします。
 司馬さんといえば、美文、名文を作り出す達人で、いろいろな言葉が当時の自分の心に響いていました。人物描写がとにかく巧くて司馬さんの手にかかると、あらゆる人物が生き生きと、立体的に浮かび上がってくるような、そんな気がします。
 今年は没後20年ということで司馬さんの作品をもとにした特別番組をいくつか見ました。それに影響されてか、何気なく本を引っ張り出してきて、夜中ボケーっと読んでたりします。個人的に大好きな文章を下に抜粋します。

「時間と空間が次第に圧縮されてゆく。刻々縮まってゆくこの時空は、この日のこの瞬間だけに成立しているものではなく、歴史そのものが過熱し、石を溶かし鉄をさえ燃え上がらせてしまうほどの圧縮熱を高めていたといってよかった。日本史をどのように解釈したり論じたりすることもできるが、ただ日本海を守ろうとするこの海戦において日本側がやぶれた場合の結果の想像ばかりは一種類しかないということだけはたしかであった。日本のその後もこんにちもこのようには存在しなかったであろうということである。」

これは「坂の上の雲」の最終巻にある一節です。日露戦争、そしてこの小説のクライマックスである日本海海戦がこれから始まる、という時の描写です。大航海をしてきたロジェストウェンスキーのバルチック艦隊と東郷の連合艦隊がいよいよ接触し、これから大決戦に突入するという、その臨場感が伝わってきます。
 司馬史観については意見が様々あるところだけれども、でも、それでもやっぱり司馬さんは僕にとって偉大な作家です。