勇気の出る話 ② | ノンキャリ経営コンサルタント          のひとり言

ノンキャリ経営コンサルタント          のひとり言

25歳という遅さで大学卒業。銀行本部の審査・与信管理部長、種々の業種の経営コンサル、老舗旅館への代取出向、ファンド投資先の代取や顧問等々、ノンキャリだからこその数多くの現場経験を基にして、思った事を勝手につぶやきます。

 

大震災1ヶ月後の仙台近郊

                                              震災約1ヶ月後の仙台市近郊

私のホームぺーに載せたものです。前回12/26もここに載せたので(写真はHPと若干違います)。

前回に続いて、『勇気が出る話②』をします。

「何故、どのようにして、震災後わずか2年で、この旅館は、経常利益黒字化達成まで、出来たのでしょうか?」について書きます。

結論から言います。

① 震災前に営業利益が出た、という実績があったので、銀行の融資が早期に出ることが決まった事。

② 震災前に営業利益が出た、という実績があったので、成功体験として、経営者・従業員が、「やろう!やれば何とかなる」と思えた事。

この二点に集約されます。

被災時は、「茫然自失」です。

何しろ、電気、ガス、水道、全て止まっているのですから。雪が舞う中の継続的な余震・・・。

お客様は、施設の危険度が判らないため、翌日、寝具と一緒に避難所へ移動していただきました。

翌日から、従業員だけで約80人(全従業員の約80%)の共同生活が始まりましたが、情報源は、ラジオだけ。ガソリンも不足して、出勤できない人も。

情報は、全くと言って良いほどありません。私が東京の自宅と生存確認が出来たのは、4日程経ってからです。

余震の続く中、ロビーの柱には無数の亀裂が入り、この施設は、修復可能なのかも分かりません。

従業員の方は、沿岸部から来ていらっしゃる若い方も多く、家族の安否が分からず不安げです。唯一灯油ストーブがある、暗い事務所で、じっとラジオを聞き入る中、過呼吸になる人も・・・。

書けば、皆さん、一冊の本になる程の大変な経験をしました。

「何故、震災後わずか2年で、経常利益黒字化達成まで、出来たのでしょうか?」

まず、お金が要ります。収入は0ですが、給料や取引先への支払いはしなければなりません。

勿論、銀行も被災していました。混乱する中で、金融機関も必死になって復旧・復興に協力して頂きました。

しかし、金融機関も、全ての取引先の、資金ニーズに答える訳にはいきません。直ぐには無理です。そこで助かったのですが、過去一年間頑張って営業利益ベースで黒字に転換していたので、当面の資金があったのです。

メインバンクをはじめとする数行の取引金融機関が、この旅館に対して、早期に融資の方向性を出せたのは、営業利益を出せる業績改善を実現させていた』からです。(私は、以前、銀行の本部でこのような仕事をしていましたので、確かです。)

私は、銀行の支援の方向性がハッキリした、震災後2ヶ月程で、東京に戻りました。

それ以降、たまにお付き合いはありますが、この旅館にコンサルはしていません。

ですから、残念ながら、私の力ではありません。

『経営者と従業員のみんなが、やり方が判って自信もついて。実は震災の前に、営業利益を出せる体制の構築がしっかり構築されていた。』から、上手くいったのです。

勿論、社長さんも家には帰らず、1ヶ月以上旅館に泊まりこんで陣頭指揮をとったことによる、従業員との一体感の醸成も大きかったと思います。

私の言いたいことは、『今、これが無いから出来ない』・『こういう状況だから、出来ない』事の理由があるのは、分かります。当然です。
しかし、それでは、旅館の経営は良くなりません。旅館は、『施設の良さ』だけが価値観ではありません。

むしろ旅館の最大の良さは、『癒し』や、『おもてなし』等のソフト面だということは、反論の無いところだと思います。

だとしたら、どのような逆境の時でも、資金や人材に恵まれていなくても、まずみんなで、

『やれることから、やってみましょう!』

今でこそ、黒川温泉や湯布院等は有名な温泉地になっていますが、一昔前は全く有名な温泉地ではありませんでした。(特に黒川温泉は行かれてみると分かりますが、近くには同じような温泉地はいくらでもあり、決して恵まれた立地条件ではありません)

明日から、新年です。

もう一度、従業員と一緒になって『やってみる!』というのはいかがでしょうか?

『お金が無くても成功出来た実例が、いくつもあるから』です。

皆さん、良いお年をお迎えください。

ちなみに、私は、連れ合いがバタバタと正月準備をしている音を聞きながら、恐怖感を抱きつつ、何の手伝いもせずにこれを書いています。
これから、お手伝いです。

 
震災で無数の亀裂が入ったロビーの壁を注射器のような器具で樹脂を注入して以前と同じ強度にする補修と、山形からボランティアで水を運んできてくれた風景、地震直後、配管が壊れ、水が滝のように流れる旅館の階段の写真です。
ロビー修復 
ボランティア 
 階段