スピルバーグ&クシュナー版の『ウエスト・サイド・ストーリー』を見てきました。
以下ネタバレも含みます。
1950年代半ばから始まったリンカーンセンター周辺の再開発を前景化し、開発によって居場所を追われる低所得者層の人々、青少年犯罪に走る若者たち、小さな縄張りをめぐるプライドをかけた戦いとその虚しさというものが、61年版の映画よりも鮮明に描かれていました。
汚さを隠そうとする大人達への不信感、仲間しか頼れないよるべなさ、といったものが、開発のために破壊された建物、ほこりにまみれたニューヨークの街の汚さによって表されているようでした。
アーサー・ローレンツの原作をふまえつつ、より現代的な感覚(人種や多様性)をプラスしているところが見ごたえあり。
とくに印象に残ったのは、アニタがドクの店に、マリアの伝言を伝えに行く場面。ジェッツのメンバーが集まっている中に入ろうとするアニタの耳元で、エニボディスが「やめときな」とささやいて立ち去り、それでも中に入ったアニタに襲いかかるジェッツに向かって、その場にいたグラディエラ(リフの彼女)が必死で止めようとする姿が描かれているところ。その後、リタ・モレノ演じるヴァレンティナが止めに入り、襲った人たちを「レイピスト」と断じる、というくだりが心に残りました(もっと厳しく叱責してほしかったくらい)。
エニボディスは、61年版だとちょっとコミカルな要素もあるキャラクターだったけれど、スピルバーグ&クシュナー版では明らかなトランスジェンダーとしてシリアスに描かれていました。
あと、チノがインテリキャラになっていたところはすごくよかった。あー、これならベルナルドがマリアの相手に選ぶのもわかるわ、という感じ。ちょっとナードな感じがまたいい。
以下は、ちょっと個人的に残念だったところ。
リフとベルナルド以外の、ジェッツとシャークスのメンバーのキャラがあんまり立ってないかな〜。1961年版は、とくにジェッツのメンバーは、アイス、エイラブ、アクション、ディーゼル、ベイビージョンとかのキャラが割と(見た目からも)立っていたけれども、今回は個別化があんまりされていないような気がした。
同じく61年版ではシャークスは腕におそろいのバンドをしていたんだけど、今回はそれがなくて(クインテットのところでちょっと巻いてたけど)、シャークスとジェッツの区別が難しかった。61年版はわりと個性的な顔の俳優(=ほぼブロードウェイダンサー)だったというのもあるかもしれない。
でもこれはわざとそうしていると言えるかも。交代可能、というような。
リフとベルナルド。リフを演じたマイク・ファイストは、神経質そうな顔つきで若い頃のボブ・ディランかっつう感じでめちゃほっそい。陰があるという点ではよかったんだけど、もうすこしリーダーとしてのリフの姿がフィーチャーされてもよかったんではと(わたしはリフが好きなんで…)思いました。
で、ベルナルド。なんとこの映画ではボクサーという設定でマッチョ。まあシャレオツなやさ男(だけど喧嘩は強い)っていうベルナルドは、ジョージ・チャキリスしか演じることができないのかもしれない…。
アニタは、たまたまこの間ネットフリックスで見た『ザ・プロム』にもでていたアリアナ・デボーズ。リタ・モレノも出演している中で、アニタを演じるのはすごく大変だっただろうな…。でも堂々としていてよかったです。ただ、衣装がちょっとなーと思うところもあり、とくに「アメリカ」では黄色の衣装でよく似合っていたんですが、画面が全体的に黄色っぽかったところもあり、群舞のときに目立たないんですよね。もっと目立たせてあげればよかったのに、と思いましたけど、これも溶け込むという意味ではよかったのかも。
トニーとマリアは、まあ誰が演じてもいいんです(わたしの中では)。一番ふつうな役だから。『ウエスト・サイド・ストーリー』は主役以外の人たちが面白いんだもんね。
わしが一番楽しみにしていたのは、もちろんあの体育館でのダンスパーティのマンボの場面だったんですが、あそこはなんかごちゃごちゃしている間に終わっちゃった…。「クール」のナンバーもまたあらたな解釈のもとに演出されていて、ダンスというよりは銃の取り合いの場面になってしまっていた。迫力はありましたけど。
とかいろいろあるんですが、そうはいっても、アーサー・ローレンツの原作を踏襲しつつ、あらたな視点を入れて、かつエンターテインメントとしても面白い作品に仕上がっているところはさすがさすが。
残念なのは、トニーを演じたアンセル・エルゴートに性的暴行疑惑が取りざたされてしまったことかな…。本人は否定しているけど、よくわからないまま。あのアニタの場面が秀逸だっただけに余計に残念。
マンハッタンの都市再開発プロジェクトのことなど調べてみたいな、と思いました。