ヨーロッパ楽壇で一流の音楽を作っていった、という流れから少しばかり外れる。戦前の日本には近衛秀麿という楽壇のパイオニア的存在がいた。私が幼少時に聞いた、ベートーベン交響曲第五番は、実は近衛秀麿指揮、現在のNHK交響楽団の前身である新交響楽団のLP盤であった。近衛秀麿の響きは温和で、カール・ベームやブルーノ・ワルターを彷彿とさせる何かがある。近衛交響楽団という楽団の存在といい、近衛家のクラシック音楽界への貢献は如何ばかりかと推測する。
近衛家は、五摂家の一つである天皇家の血筋であるお家柄で、近衛秀麿は、かなり上から目線の大変近寄りがたい指揮者であった、と記述が残っている。当時同盟国であった旧ドイツ帝国に留学しベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を振った最初の日本人であるから、音楽ファンとしては彼の名を忘れてはならない。
さて、A級戦犯が東条英機であるという認識は一般化されているが、近衛文麿もまたA級戦犯であった。その近衛文麿の弟で、ドイツにおいてナチスに反発し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を振り、ユダヤ人音楽家を国外に逃亡させた近衛秀麿の名はさほど知られていない。近衛秀麿は、自身音楽家であったということだけではなく、杉原千畝ほどではないが、ユダヤ人を救ったという貢献があったのだ。
彼はのちに芸術院会員として日本の芸術活動普及に貢献した。戦前から今日にわたり、彼なくしては我が国のクラシック音楽普及はありえないといっていいと思う。ピアニストの園田孝弘、チェリストであり桐朋学園創始者の斉藤秀雄、そして近衛秀麿。日本のクラシック音楽が世界でも認められるようになったことは、この御三方の尽力があってこそ、ということを知っておこう。