ようこそ。

こころのコンシェルジュ❤心屋流カウンセラーいまの真紀です。


ぢんさんのブログで、

「前者」と「後者」の話を再集結になりましたね('-^*)/


この話題が長いな~と思った人もいるし、

この話題についてもっと深めたいと思ってるひともいるし、

わたしのような全く気にしてない人もいる。


二つを分ける基準が、

何かができることだったから、

そこに反応したのかもね~


がんばるって素敵だよね。

キラキラしてる感じがするもん。


その反対のがんばらないも素敵だよね。

あるがままを受け入れる温かさが感じられるもん。


どっちも素敵。


そんな感じで、

「前者」も素敵だし、

「後者」も素敵だよね。


どっちも素敵。


例えば、

『わたし』が「前者」だとする。

世界が「前者」だけだったら、

『わたし』は、自分が前者だと認識できない。


この世界は相対性だから、

何かと比べることで、

違いを見出た時に、

認識することができる。


だから、

『わたし』が「前者」だと認識するために、

「後者」という存在が必要になる。

「後者」との違いを認識して初めて、

「前者」なのだと知ることができる( ̄▽+ ̄*)


「前者」は、ゼネラリストとしていろんなことができてしまうし、

「後者」は、スペシャリストとして特定の分野で秀でている。


どちらも存在するからこそ、

この世界は循環している。


『わたし』は、

どちらの視点から、

この世界を見つめているのか?


その視点から、

目の前の出来事を見た時、

どのように思いたいですか?


正解は人の数だけ存在してます☆


「前者」と「後者」

どちらからの視点であっても、

どんな感情を持っても、

オールオッケー❤


だとしたら、

『わたし』は、

今という時に、何を思う?

目の前の出来事を、どう感じる?