こんばんは。
シングルマザーのmackyです。
浅い眠りの中で、久しぶりに亡くなった友達の夢を見ました。
私の幼馴染みはもう、すでに三人がこの世を去っています。
いずれも私にとっては大切な存在の人たちでした。
一人は一緒の高校を進学しようと言ったのに、看護科のある学校に進学した女の子。
彼女の志は高く、進学校を蹴っても…一日も早く看護士になる道を進みました。
彼女の闘病を知ったのは、成人式の後でした…。
当日欠席だったことが心配で、彼女の幼馴染みにこっそり尋ねたのです。
彼女は、仕事中に注射針で指を傷つけてしまい…まだ抗体さえ作られていない稀な菌に感染してしまいました。
世界でも、患者は千人単位とのこと。
為す術もなく、無菌室で高熱に苦しみ亡くなりました。
看護士である彼女が一番自分の運命を知っていたのに、最期まで家族を励ましていたと。
そして私が息子を産み、仕事に復帰した頃。
一緒にクラス委員をしていた男の子が亡くなったと。
彼は自ら旅立ってしまいました…。
はっきりした原因はいまだに分かりません。
ただ、ひょうきんでクラスの人気者だった彼に、円形脱毛があって気になっていたことを思い出しました…。
そして、三十路を迎えようとしていた年。
初恋の相手で、親友だった彼が亡くなりました。
体調が悪くなって、救急車で病院へ運ばれ、大丈夫だと医師に言われて帰宅。
その途中、まったく予想だにしない不慮の事故で亡くなってしまいました。
なんの因果か、私は祖父の葬儀で地元へ帰っておりました。
初七日があけるから、明日でも彼に連絡しようかなぁと思っていました。
翌日遊びに来た幼馴染みから、昨夜彼が…と聞きました。寒い冬の日でした。
喪中の私はお別れも出来ず、数日は眠れないながらも嘘だ…嘘だ…と。
でも、うつらうつらすると彼の夢ばかり。
一週間が過ぎ、ようやく涙が出てからは泣き通し。
高熱が数日続きダウンしてしまいました。
決して恋愛関係にもならないのに、離れることもない。
どんな時期も、どんなに離れていても彼とはよく話してました。
まるで同士のような、分身のような存在。
そんな彼が最後に、私の実家に立ち寄り、息子を抱く私を見たときのこと。
『おまえもお母さんかぁ…』
ずずっとコーヒーを啜って目を細めていました。
『35歳まで好きなようにやってみろ。それ過ぎてもどうにもなんなかったら、俺が引き受けてやる!』
『あんたの世話にはならない…』
もちろん彼なりの優しさで、結ばれることもないと分かっていました。
それでも、その一言は私のお守りであり、支えになっていました。
彼がいなくなったこと…実感が持てないまま、お盆に彼の実家を訪ねました。
はじめて見る彼の遺影。
『なんで…馬鹿…』
ああ、やっぱり本当なんだと思いました。
幼い頃から知っている、彼のおばあちゃんとお母さん。
三人でテーブルを囲み、むせび泣きながら彼の思い出話。
そこで聞かされた話は衝撃的でした。
彼が、ご家族に私と結婚するつもりだと話していたこと。息子のことも詳細に話していました。
そして形見として、彼が最期まで身に付けていた指輪をもらいました。
鮮明に甦る記憶。彼が初めての給料で買ったシルバーリング。
メンズ用でかなりごつめでしたが、デザインがとても良かった。
『くれ!頂戴!』
ふざけたやり取りをしたのは、19歳の夏でした。
『今さらこんな…くれるんじゃないよ。こんなんで欲しくないよ。』
心の中で呟きつつ…受け取った指輪はずっしりとした重みがあり、とても冷たかったのを覚えています。
ご家族に心からお礼を言って、彼の実家をあとにしました。
車のエンジンをかけ帰ろうとするけど、あんなに何度も通った道が分からない。
距離だってさほどない。
路肩に停車した車の中で、声にならない叫び声をあげ泣いていました。
一昨年、厄払いの同窓会に出席するため帰省しました。
田舎では一大イベント。ずいぶん前から、彼がエスコートをしてくれる約束をしていました。
でも、私のとなりには誰もいない。たくさんの友達に囲まれていたのに、何故か一人だと感じていました。
みんなどんなに酩酊状態になっても、すでにいなくなってしまった同窓生の話題には触れませんでした。
密やかに語られる場面はあっても、若くして旅立った友の最期は、どれもみな辛すぎる…。
雲の上は晴れていますか?快適ですか?
私は息子の一人立ちを見届けてから、しばしこの世でのんびりするつもり。
見守っていて下さいね…。
こんな病気になって何やってるんだって怒ってる?
でも、私はまだまだ道の途中。
いつの日かまた会えるときまで。
嗚呼硝子のハート。
シングルマザーのmackyです。
浅い眠りの中で、久しぶりに亡くなった友達の夢を見ました。
私の幼馴染みはもう、すでに三人がこの世を去っています。
いずれも私にとっては大切な存在の人たちでした。
一人は一緒の高校を進学しようと言ったのに、看護科のある学校に進学した女の子。
彼女の志は高く、進学校を蹴っても…一日も早く看護士になる道を進みました。
彼女の闘病を知ったのは、成人式の後でした…。
当日欠席だったことが心配で、彼女の幼馴染みにこっそり尋ねたのです。
彼女は、仕事中に注射針で指を傷つけてしまい…まだ抗体さえ作られていない稀な菌に感染してしまいました。
世界でも、患者は千人単位とのこと。
為す術もなく、無菌室で高熱に苦しみ亡くなりました。
看護士である彼女が一番自分の運命を知っていたのに、最期まで家族を励ましていたと。
そして私が息子を産み、仕事に復帰した頃。
一緒にクラス委員をしていた男の子が亡くなったと。
彼は自ら旅立ってしまいました…。
はっきりした原因はいまだに分かりません。
ただ、ひょうきんでクラスの人気者だった彼に、円形脱毛があって気になっていたことを思い出しました…。
そして、三十路を迎えようとしていた年。
初恋の相手で、親友だった彼が亡くなりました。
体調が悪くなって、救急車で病院へ運ばれ、大丈夫だと医師に言われて帰宅。
その途中、まったく予想だにしない不慮の事故で亡くなってしまいました。
なんの因果か、私は祖父の葬儀で地元へ帰っておりました。
初七日があけるから、明日でも彼に連絡しようかなぁと思っていました。
翌日遊びに来た幼馴染みから、昨夜彼が…と聞きました。寒い冬の日でした。
喪中の私はお別れも出来ず、数日は眠れないながらも嘘だ…嘘だ…と。
でも、うつらうつらすると彼の夢ばかり。
一週間が過ぎ、ようやく涙が出てからは泣き通し。
高熱が数日続きダウンしてしまいました。
決して恋愛関係にもならないのに、離れることもない。
どんな時期も、どんなに離れていても彼とはよく話してました。
まるで同士のような、分身のような存在。
そんな彼が最後に、私の実家に立ち寄り、息子を抱く私を見たときのこと。
『おまえもお母さんかぁ…』
ずずっとコーヒーを啜って目を細めていました。
『35歳まで好きなようにやってみろ。それ過ぎてもどうにもなんなかったら、俺が引き受けてやる!』
『あんたの世話にはならない…』
もちろん彼なりの優しさで、結ばれることもないと分かっていました。
それでも、その一言は私のお守りであり、支えになっていました。
彼がいなくなったこと…実感が持てないまま、お盆に彼の実家を訪ねました。
はじめて見る彼の遺影。
『なんで…馬鹿…』
ああ、やっぱり本当なんだと思いました。
幼い頃から知っている、彼のおばあちゃんとお母さん。
三人でテーブルを囲み、むせび泣きながら彼の思い出話。
そこで聞かされた話は衝撃的でした。
彼が、ご家族に私と結婚するつもりだと話していたこと。息子のことも詳細に話していました。
そして形見として、彼が最期まで身に付けていた指輪をもらいました。
鮮明に甦る記憶。彼が初めての給料で買ったシルバーリング。
メンズ用でかなりごつめでしたが、デザインがとても良かった。
『くれ!頂戴!』
ふざけたやり取りをしたのは、19歳の夏でした。
『今さらこんな…くれるんじゃないよ。こんなんで欲しくないよ。』
心の中で呟きつつ…受け取った指輪はずっしりとした重みがあり、とても冷たかったのを覚えています。
ご家族に心からお礼を言って、彼の実家をあとにしました。
車のエンジンをかけ帰ろうとするけど、あんなに何度も通った道が分からない。
距離だってさほどない。
路肩に停車した車の中で、声にならない叫び声をあげ泣いていました。
一昨年、厄払いの同窓会に出席するため帰省しました。
田舎では一大イベント。ずいぶん前から、彼がエスコートをしてくれる約束をしていました。
でも、私のとなりには誰もいない。たくさんの友達に囲まれていたのに、何故か一人だと感じていました。
みんなどんなに酩酊状態になっても、すでにいなくなってしまった同窓生の話題には触れませんでした。
密やかに語られる場面はあっても、若くして旅立った友の最期は、どれもみな辛すぎる…。
雲の上は晴れていますか?快適ですか?
私は息子の一人立ちを見届けてから、しばしこの世でのんびりするつもり。
見守っていて下さいね…。
こんな病気になって何やってるんだって怒ってる?
でも、私はまだまだ道の途中。
いつの日かまた会えるときまで。
嗚呼硝子のハート。