過去に何度か600万の貯金までは

2回あったことはあるけど

2回とも0になってます。諸事情で。


増える可能性がある600万と

ただの貯金600万では

心境が全然違いました。


リーマンショックの時に

なぜ、投資を少しでも考えなかったのか。

後悔が激しいが


多分、当時に投資に出会っていたら


全然違う人生になってしまっていたと思う。


その後に出会う人は激減し


再婚せず、子供も作らず

心静かに

人生を終えていたと思う。


投資はいいことだけど

人生を変えるぐらい

人を保守的に変えてしまうぐらい

扱いに慎重になるもの。


仕事を辞めて隠居してしまって

いたかも。


これで何千万増えたら

もっと安全に資産を

減らさないような

平穏を求めて、堅実な生活を

してしまいそう。


子供がお金に困らない人生になるとしたら

それでいいのかどうかも

ちょっと考えてしまう。



投資をしているという人

ということ自体


既存のルールにとらわれない

柔軟性がある人か

または、現実逃避の強欲かという感じがする。


まだまだ富豪にはなっていないけど

私に入る想定遺産を含めると

将来は安泰が見えてきているので


以前よりかなり

焦らなくなってきてます。


そう思うと

資産を持つというのは

まずは、平穏な心を

手に入れられます。


その割に、私の

実家含む長男二世帯家族は

富豪なのですが


毎日、24時間、家族喧嘩で

忙しいです。


人に無神経に発言し

命令し、ダメ出しし

朝から晩まで喧嘩が

大好きな家族です。


たまに、ほんとに手が出てるようです。


ようやく、自分の収入だけで

平穏な生活をしてきて思うのは


日々に怒れることが減ってきました。


子供や家族は

何をしても、別に

どうでもいいからです。


名誉も、地位も関係ないなと。



それが全員何不自由ない収入がある

実家家族は

なぜ争いが絶えないのだろうと思う。


家族は、投資は大損してます。

何千万も。


ITバブル時なら仕方ないかもだが。


それ以降も

失敗したりしている。


今の沢山情報が得られる時代に

なぜだろうか疑問。


やはり

お金がありすぎると

人に騙されるとか

損切りしないと気が済まないとか

何か判断ができない

違う感覚があるみたいですね。


私の言うことは全く聞かないです。

投資アレルギーだから。


結局、凡人がいいのかもしれない。


卒婚を目標に投資していたけど

資産に余裕が出てきたら

それもどっちでもよくなってきました。


今ある自分は周りが

大変な人達だからこそ

頑張れたかなと思うと

難ある家族も

今は年老いて、残念な感じになってます。



自分が納得できる使い方や

貯め方が出来たら良かったのだけど


富豪になろうと


電子レンジ

コーヒーメーカー

風呂のスイッチ

何も使えなくなって

認識したのは無知さ加減


贅沢を尽くしてきたのに

いつまでも満足しない


求めていたのは


承認、賞賛かも。


そんな不器用な家族です。