僕は今、大学生です。 -4ページ目

僕は今、大学生です。

僕は大学を5年かけて卒業します。
遊びます。勉強もします。あと、もう一つ「何か」したいです!

こんばんは。


およそ2カ月ぶりの更新になります!

留学まで1カ月を切り、いろいろとやらなきゃいけないことが多く、焦燥感に駆られています…


そんな中ですが、いろいろ送別会を自分の大学の人、バイトの人がやってくれたので、「自分の周りの人と自分の関係」について書こうと思います。おそらく、今回の留学にかかわってくれた多くの人への謝辞になると思います・・・・


結論:周囲の環境は本当に大切って改めて感じました。感謝の気持ちでいっぱいです。


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いろいろ送別会をやっていただいて僕が感じたのは、「快く留学にいける環境をつくってもらって、自分は恵まれた環境にいるなあ」ということ、「その環境をつくってもらったからには、”留学後のお前を見たら、お前の送別会をああいう形でやってよかった”と言ってもらえるように頑張らないといけない」ということです。


僕が留学に行くに際してお世話になったことは本当にたくさんあります。というのも、留学準備に着手するのが他の人に比べて本当に遅かったからです。


留学準備に取り掛かったのは、去年の10月、あっちの大学から正式な留学許可書が届き、正規の留学生の地位が与えられたのは今年の2月くらいです。

10月から今年の4月まで毎月toeflを受け続ける一方で、留学書類を書きながら、奨学金書類を書き、GPAの点数を上げるために、いつもにもないくらい授業にまじめに参加していたので、仲の良い友達には「お前どうした?そんなにまじめキャラだっけ?」とまで言われる始末w


4か月しかなかったわけですが、ちゃんと計画だててできる人は、1年半くらいかけて準備するそうです。


その間、toeflの点数を上げるために、学類の中の良い友達に効率の良い勉強方法、試験対策を聞き、効果的な自己アピールの書き方を飲み友に習い、留学書類を一から書くために英語ができる人にessayの書き方を習い、違う人にその書類を添削してもらって意見をもらい、留学よくわかんないので、別の大学に留学にいく仲間と情報共有をし、真夜中にskypeで面接の面接をしてもらい、同じ大学に留学に言っていた先輩に連絡をして、当大学の寮とか保険について質問しまくり、別の先輩には留学自体についていろいろ聞き・・・・


といろいろありましたが、一つ言えるのは、「迷走していろいろ人に頼りまくった」ということです。21にもなった男が情けないですよね。これは僕の親にも指摘されました。


留学と授業で本当に手一杯だったので、バイト先とかサークルの人にも迷惑をかけました。バイトも入れて週1、入れないと2週間に1度とか…1か月の収入が4000円くらいの月もありました。今考えたら笑えますwサークルも、本当は週3で練習があるのに、週1いけたら良いほうで、2週間に1回の時もあり、迷惑をかけました。


改めて何がいいたいのか…?


みんなありがとう!!!!


ということです。



本当にお前何してんだ?って話ですが、バイト先でもサークルでも、友達関係でも僕が相手方に与えられたものなんて本当に小さなものです。


バイトに行って働いてお金をもらうこと、サークルにいって練習にすること、飲もうって言われたら暇だからいいよ!って飲むこと、これどういう意味?って授業に関して聞かれたら、○○だよって答えること。


これら、僕だけが突出してできることでもなく、誰でもできることです。


「相手が自分のことを必要としてくれて、自分はその必要に可能な範囲で答える」


繰り返しますが、誰にでもできます。


でも、そんな当たり前のことなのに、僕の周囲の人は、すっごい送別会を自分のために開いてくれて、餞別に、いろいろなものを僕はもらいました。会うたびに、「留学いついくの?マジでがんばれよ!」といってくれました。ほんの少しのことかもしれませんが、僕にとっては本当に大きな言葉です。


7月の頭にテストが終わり、急いでレポートを書き、あたふたしながら夏休みを過ごしているせいで、いろいろな人に「ありがとう」って言えずに、あと3日後につくばの地を離れます。たった1年間ですが、その1年間に向けて力強く押し出してもらった事実に変わりはありません。こんなブログ上で感謝の言葉を述べるのはどうかと思いますが、それしかないので・・・・


「いろいろとお世話になりましたが、本当にありがとうございました!」


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留学関係はまだいろいろ書くと思います!


周囲の環境って本当に重要だなって思えた半年間でした!!


今回も読んでいただきありがとうございます!



しょうきゅうたくや

こんばんは。
今回は今年の1,2月に行った東日本大震災ボランティア@宮城県石巻市について書きたいと思います。

まず最初に…なんでボランティアにいったのか?についてです。

正直にいいます。「自分の目で津波で変わり果ててしまった状況を見たかった」からです。世間一般でいう「野次馬」みたいな感じだと思います。

そして、いつも尺が長いので理由はこの2文にしときます!

僕が最初に震災関係のボランティアをしたのは、3月末のことです。福島県いわき市の方々が一時的に避難してきている、つくば国際会議場という場所で避難してきた方の受け入れ作業、配膳、子供たちの世話などをしていました。ボランティアといっても5日あまりの短期間しかできませんでしたが、「ボランティアってこういう感じなのかー」っていう感じでした!

次のボランティアが、実際に石巻市にいったものになります。
ボランティアって言っても僕自身はそんなに大したことしていません…本当です。正直、しゃべる口と新聞を持つ手と、新聞を運ぶ足さえあれば、誰にでもできることなんです!

ピースボートという国際NGO団体が仮設住宅向けに作成している「仮設きずな新聞」というのを、仮設住宅の住民の方の元に1軒1軒配っていく作業です。詳しくは、僕のfacebookのアルバムに載っているので参照してみてください!

2回目に行ったのは、上記の1回目の1か月後のことで、2月の中旬です。その時には、仮設住宅の集会場でお茶会を開くための準備をやらせていただきました。ざっくりな説明になりますが、仮設のみなさんにもっと仲良くなってもらおうという趣旨です。


ここから、本題です。
いつものように、前置きが長くなりまして本当にすいません。


そこで、一つの出会いがありました。
そのお茶会に来た和尚さんです。その和尚さんが非常に素晴らしいことをおっしゃってたので、その言動を紹介します!

(ボランティアに来た学生が「ボランティアって自己満足でいいのか」という疑問をぶつけたそうで…)

「ボランティアは自己満足でしか成り立たない。ボランティアって自分から進んでやるものであって、あくまで主体は自分自身でしょ?誰のためにするかって、それはそこにいる人のために取り組む。あなたが、ボランティアをやって一番やりがいを感じるときはいつなの?もちろん、相手が笑顔になった時、“ありがとう”と言われた時にあなたはやってよかったと感じることと思います。
 ということは、あなたがボランティアをする時の思考回路は「ボランティアをやる→相手が喜ぶ→相手が喜んでいるのを自分で認知する→やりがいを感じる→もう1回やろうかなと考える」ということになるよね?なんだかんだ言って、相手が喜んでいるのを認知して、それによって、あなたは自分のやってきたことが相手の役に立ったと感じる。それにあなたは満足し、なら次もやってみようという動機づけをする。このサイクルで人は行動を起こすのです。つまり、自己満足で回っているわけですよね?
 でも、こういう人もいるかもしれない。「相手はとりあえずお礼を言っただけで、本当は感謝してないかもしれないじゃないか!勝手に解釈するな!」って。しかし、そんなことを言ったら、物事は何も始まらないし、そもそも「自分は自分。他人は他人」なんだから、相手の考えていることなんて、100%分かるはずがない。分からなくて当然なんだよ。だから、自分が精一杯相手に尽くして、それで相手から感謝の言葉とかがもらえたら、それでいいんだよ。相手の表情・言動とか自分でわかる範囲の事柄をありのままを受け入れ、そこに変な解釈をいれなくいい。自分に分かる範囲でいい。相手のためを思って最善を尽くし、その結果生まれたことに対して真っ直ぐ誠実に向き合いなさい。
 だから、ボランティアって自己満足の上にしか成立しないんだよ。あなたが相手に向き合い、あなたが思う最大限の尽力をしたなら、結果はどうであれ、胸を張って自分自身の経験にしなさい。失敗・成功いろいろあると思うけど、こうやって積み重ねていくことによって人は少しずつ大きくなり、大きな器を持てるようになるんです。頑張りなさいよ」


和尚さぁぁぁぁぁん……
…聞いてて涙がでそうになりました。


和尚さんて本当にすごい人なんだなって心の底から思いました(^^)
本当に説明しにくい、「ボランティア」という活動をここまで上手に、そして説得力をもって説明できる人は初めてでした。感服です…

ボランティアに行き、つくば・実家に帰ってきていろんな人と話しましたが、ボランティアには賛否両論だと思います。「もっと自分に投資したら?」とか「遊べるのも学生のうちなんだから、もっと気楽に行こうぜ!」とか「お前そんなキャラだったっけ?w」なこともありました。ただ、やっぱり自分を必要としてくれる人がいるって本当にうれしいことですよね?僕はそう思いますし、それが「居場所」なんだと思います。「居場所」があるなら、自分を必要とし、その「居場所」をつくってくれている人のために「何か」を返すのは当然ですよね!!そう思います。だから、ちゃんと返します!
だから、僕の親も「こんなあんたを必要としてくれる人も世の中にはたくさんいるんだから、もっと世間に貢献しなさいよ」って、実家に帰った時に言ったんだと思いますw
うちの親もなかなかですよねw


最後に、一つだけその和尚さんが言ったことの中にどうしても忘れられない1文があったので、紹介します。


「他人が喜ぶことをして自己満足することは、他人を非難し不快にすることで自己満足をすることには、絶対に勝る」


です。

重みがありますよね!!

今回も時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました!

頑張って更新します(^^)


しょーきゅーたくや
こんばんは。

ブログ、1週間に1回ペースで書くことにしました。

なんでか?

今夜都内で飲んでて、一緒の席になった女の子から、「普通にブログ読んでるから更新してよ!」と言われたのがきっかけです。

読んでくれる人が実際に居るなら、これほど嬉しいことはありませんよね?!ということで週1で定期的に更新しますね。


今回の話題は…

「ハーフとダブル」についてです。一体何のことなのか分からないですよね…

簡単に言うと、「血統」の問題です。突き詰めていったら移民問題とかになるのでしょうか…専門ではないので、よく分かりませんが。


たとえば、あなたの目の前に「お父さんが日本人で、お母さんがフィリピン人の友達」がいたら、あなたはその友達をなんて呼びますか?


「ハーフの友達」


おそらく、殆どの人がそう答えると思います。僕も、7年前はそうでした。
今の日本ではどうなのかは知りませんが、日本人の純血でないと友達関係を築きづらいというのは少なからず、僕が中学生の時にはありました。いじめの対象にもなりえます。
自分が3年前通っていた予備校にも、片親がフィリピン人の友達がいました。
その子も、自分が純血でないことにコンプレックスを抱いているようで、最後の最後にそのことを僕に切り出しました。なんか、さみしかったです。一緒に大学受験頑張ってた仲間なわけですから。


でも、その子、


「ダブルの友達」

ともいえると思いませんか?


どういうところが?って疑問に思う人もいるかもしれませんが、勘の鋭い人は分かると思います。


そう…その人の体の中に「二種の血が流れている」=「ダブル」という意味なんです。


僕がフィリピンに居た時にも、周りには「片親が日本人で片親が外国人」という人がたくさんいました。学校にも、サッカーチームにも。

この概念に初めて会ったのは、その時でした。そういう子達のコンプレックスを少しでもなくしたいという僕の友達が考えたものでした。その言葉が当時の僕に与えてくれたものは、本当に衝撃的でした.


この考え方、すごくないですか?本当にすごいと思います。
なんか羨ましいですよね。自分の中に二つの血が流れているなんて…

そりゃあ、パスポートとか法制度上の難点はありますが、故郷が海を越えて二つあったり、言語能力の枠が広がることで友好関係が広がったり、自分の中に二つの文化が混在してたり…憧れちゃいます(^^)

だから、以来僕はずっと使ってます!


世界にはいろんな差別があると思いますが、こんな風な考え方が浸透して行ったら少しずつそういうものはなくなっていき、もうすこし温かい世界になるのではないかと思いませんか?

もしいいなって思ったら、ぜひ使ってみてください!!


今回も時間を割いて読んで頂き、ありがとうございました!


頑張って更新していきます!


たく