月の沙漠(前編) | mcdmの隠れ家

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小説裏話なんぞ…

部屋の明かりを消して。
リビングの窓にかかるカーテンを開けたら、そこには金のお月様。




「中秋の名月。雲も無くて最高!」

耳を澄ませば、どこかしこで虫の音が響く。
りんりんとまるで鈴の音みたい。
目を閉じてみれば、その音はより一層近くなって、まるで自分たちが虫籠の中にいるかのような錯覚に陥りそうになる。

「改めて月なんて見たの、いつぶりやろなぁ」
「そうねー。なかなかこうしてじっくり見る機会なんてなかったもの。……さて、いただきます」

可愛らしい串にささったお団子をぱくりと思い切りよく頬張ると素朴で甘い味が口の中に広がる。
パック詰めの可愛らしいお月見団子は、気分だけでも、と葉が仕事帰りにコンビニで買ってきてくれたものだ。

「あ、美味しい。これ美味しいよ、葉」
「さよか」

隣に座った葉はそう短く答えると、私が入れた渋め緑茶をずずっと啜って、ほうと一息ついた。

「月子サンの淹れたお茶のが美味いで。癒されるわー」
「まったまたぁ。葉サンったらお上手ね」
「なんやそのテンション」

照れ隠しに冗談っぽく答えた私を見て、葉は可笑しそうに笑う。
月の光の中、葉はいつもより少し大人びて見えた。

「月って言うと、どんな歌?」
お団子二口目をぱくりと頬張って、ふとそんな質問を葉に投げかけてみる。

「やっぱあれやろ、うーさぎうさぎーってやつ」
即答すると、葉は同じくお団子をぱくりと食べた。

「何見て跳ねる~だね。でもねぇ、私は月の沙漠が浮かぶんだよね」
「月の沙漠?どんな歌やっけ?」
「葉もきっと耳にしたことあると思うよ。ホラ、こんなの」

こほんと一つ咳払い、それから冒頭の部分を小さく歌ってみた。

”月の沙漠を はるばると 旅のらくだが 行きました”

「あー、それかぁ、うん聞いたことあるわ」
「でしょ?私この歌、大好きなの」
「続き聞かせて」
「うんうん」

”金と銀との くら置いて 2つ並んで 行きました”

小さくそっと歌ってみる。
私に月子と名付けた父が、私によく歌って聞かせた歌。
この曲には王子さまとお姫様が出てきて、子供心になんて美しい歌詞なんだろうと思っていた。

”先のくらには 王子さま あとのくらには お姫様
 乗った二人は お揃いの 白い上着を 着てました”

ゆっくり歌い進めていくと、葉はそっと私の肩に頭を寄せた。
静かな呼吸が響いて、私は歌を続ける。

真っ直ぐでやわらかな葉の髪が頬に触れる。
月をふたりで見て、お団子を食べて、大好きな歌を歌っている。
ささやかで慎ましやかなこの瞬間が驚くほどに幸せで、幸せすぎて、頭の中がぎゅーっと熱くなる。

”広い沙漠を ひとすじに 二人はどこへ行くのでしょう
 おぼろにけぶる 月の夜を 対のらくだは とぼとぼと”

「――沙漠を超えて、行きました だまって超えて 行きました」

『お姫様は月子だよ』

この歌を口ずさむ時、父はよくこんな事を言っていた。
王子様は、だれなの?
そう聞き返したことがあった。
父は何も答えず微笑んだけれど、その笑顔がどことなくさみしげだった気もする。

「……二人はどこに行ったのかなぁ」

ぽつり、そう漏らした言葉に返事は無くて、ふと視線を横へ向ければ瞳を閉じた葉の姿。
規則正しい呼吸のリズム。

「眠っちゃった?」

少しこけた葉の頬。

昼間の仕事、夜の勉強、葉はここ暫くずっと無理をしていたのだろうと思う。
夜一緒にベッドに入って、私が寝入った後、そっと寝室を抜けだしていくのを私はちゃんと知っていた。
朝方までリビングの明かりが付いている事も、知っていた。
くたくたになって、でもそんな素振りは見せないで、今日だってこうしてふたりの時間を作ってくれて。

じゃあ私に出来る事って、一体なんなんだろう。