”心のケア” | Love & Peace 2011

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3.11
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”河北新報”より☟


http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1110/20121119_01.htm

(9)閖上中(名取市)/心のケアに注意払う

7日に行われた生徒会役員選で、立会演説会に臨む生徒を激励する高橋校長(左端)

津波で浸水した閖上中1階の教室。黒板に津波の水位がくっきりと残されていた=2011年3月14日

 東日本大震災で校舎が津波に襲われた名取市閖上中は、2度引っ越しした。昨年4月、7キロ離れた内陸の同市不二が丘小へ、ことし8月にそこからまた1キロ離れた市十三塚公園の真新しい仮設校舎へと移った。
 「教室があり、黒板があり、体育館がある。当たり前のことがいかにありがたいか」。高橋澄夫校長(57)は振り返る。
 元の校舎は海岸線から1.8キロの場所にあり、当時の1年生4人、2年生7人、3年生3人の計14人の命が奪われた。卒業式を終えて下校した後の出来事だった。保護者を亡くした生徒は20人以上もいた。
 「犠牲になった友人や先輩の分まで、助かった命を大切にしよう」
 昨年4月の始業式で、高橋校長は生徒にそう呼び掛けた。生徒の心のケアが復興の最重点課題だ。教職員は精神科医のアドバイスを受けて研修を重ね、生徒のため相談窓口にカウンセラーを配置した。今も生徒の心の動きには細心の注意を払う。
 「教職員の側から生徒に震災のことを聞き出すことは極力せず、生徒が話してきたらしっかり聞いて受け止めた。日常を取り戻すことを心掛け、つらい体験がフラッシュバックしないよう努めた」
 一方で曲がり角も感じているという。「心の問題は2、3年後に症状が現れると聞く。心の奥底に封じ込めてきたことを吐き出す時期に来ているのかもしれない。専門家と相談する必要がある」
 震災後は不二が丘小のある地域や国内外から、物心両面で支援を受けた。生徒からは「感謝」という言葉が自然と出るようになったという。
 「つらく、苦しい体験をしたからこそ、ありがたみが感じられる。失ったものはあまりにも大きかったが、子どもたちが震災から得たものも大きいはずだ」と高橋校長は前を見据える。

<メモ>震災前の所在地は名取市閖上五十刈1。現在の仮設校舎は同市手倉田山216の1。震災前、生徒は156人だったが、死亡や転校、新入生減などで現在は127人。


2012年11月19日月曜日