http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1109/20121101_01.htm
耕す/今は我慢の時、廃れさせたくない/農家・新妻良平さん=福島県広野町
金色の穂波の中をコンバインで進む。
2年ぶりの稲刈りだ。昨年は福島第1原発事故で緊急時避難準備区域に指定され、作付けを自粛した。
下校時刻になっても、あぜ道を通る子どもの姿はない。区域指定が解け、町内の小中学校はことし8月に授業を再開したが、復帰した児童、生徒は計96人で事故前の2割に満たない。町民の帰還率も1割にとどまる。
町南部に5ヘクタールの田を持つ。主にコシヒカリを収穫した。放射性物質検査で基準値を下回り、出荷にゴーサインが出た。原発の立地する福島県双葉郡で事故後初の出荷だ。
町はことしも作付け自粛を呼び掛けた。基準値を超す放射性物質の出る可能性はゼロでない。汚染米のレッテルを貼られることを恐れていた。
町内のコメ農家は約360戸。ほぼ全ての農家が町の言う通りにする中、作付けに踏み切った。
「双葉郡は原発か農業と言われた。原発がアウトで農業も駄目なら息の根が止まる。誰かがやらないと農業が廃れる」
町も「どうしても作りたいのなら」と強くは止めなかった。
昨年3月12日。1号機が爆発し、妻(54)といわき市の妻の実家に逃げた。田が気になり、1カ月後に妻と自宅に戻った。
作付けできない補償を求めようと、東京電力の相談窓口に出向いた。
「農地の除染はどうすんの」
「地べたの除染は行政の分担なんです」
農地を地べたと言う人間に何を言っても無駄だと思った。
昨年8月からことし3月にかけて町の補助を受け、仲間と町全域の農地の草刈りをした。
大人の背丈を超す雑草が生い茂る。耕作者の目が届かないのをいいことに好き放題伸びている。
セイタカアワダチソウだ。外来種で繁殖力があり、固有種を駆逐する。
深く根を張る。トラクターで掘り起こしても1度では取り除けず、何度か往復した。
ことし、コメは9トン取れた。出荷のお墨付きを得たとはいえ、簡単に売れるとは思っていない。旧避難準備区域のコメを喜んで食べる人はそういない。
新米の収穫を知らせる手紙を全国の得意客100人に送った。有機農法にこだわり、独自の販路開拓で得た客だ。
5、6人から購入意思を伝えるファクスが届いた。でもまだそれだけ。食の安全性に敏感な人が多い。原発事故はマイナスに働く。
「農地に放射性セシウムが交ざっているのに、これまでと同じように買ってくださいとは言えない。今は我慢の時」
売れ残りは復興支援で来てくれたボランティアや警察官に分ける。
作付けを再開できたのは自前の販売ルートがあったからだ。断念派の多くは農協以外に販路を持たず、作りたくても二の足を踏んだ。
何人かの高齢者は廃業を決めた。若手は小さい子がいて地元に戻りたがらない。
「中年が先頭に立たないと」
1年間のブランクで体がなまっていたようだ。
30キロの米袋を担ぐ作業がこたえた。
よほど疲れていたらしい。夫婦そろってぐうすか寝た。(野内貴史)