”復興の道筋示して 被災者、解散で注文 除染、復旧遅れに不満 ” | Love & Peace 2011

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3.11
あの日から変わったこと
変わらないこと
先送りできる問題なんてひとつもない!

”福島民報”より↓
http://www.minpo.jp/news/detail/201211174923



 

復興の道筋示して 被災者、解散で注文 除染、復旧遅れに不満

 衆院解散で事実上、選挙戦に突入した16日、東日本大震災や東京電力福島第一原発事故に伴い、避難を続ける被災者からは、立候補予定者に復興への道筋を示すよう求める声が相次いだ。先行きが見えない厳しい避難生活の中で、古里の除染や生活基盤整備などの対応の遅れに不満が高まっている。「被災地の願いは届くのか…」。県民が震災後初めて国政を審判し、「政治の実行力」を見定める一カ月が始まった。

■避難生活に希望を
 浪江町民約400人が暮らす福島市北部の笹谷東部仮設住宅の集会所。衆院解散が決まり議員が万歳を繰り返す国会の議場を映すテレビ画面を、仮設住宅の自治会副会長、大和田俊行さん(66)は冷めた様子で見詰めた。「俺たちがどういう気持ちで毎日を過ごしているか、この人たちは本当に分かっているのか」
 大和田さんは浪江町の郵便局を退職後、タクシー運転手をしながら、趣味の盆栽や釣りを楽しむ日々を送っていた。昨年3月11日以降、慣れ親しんだ海辺の日常が一変。県内の避難所などを転々とした後、昨年6月に次男と一緒に現在の仮設住宅に入った。約100坪の敷地に立つ自宅と比べ、庭もない4畳半2間の生活にストレスはたまり続ける。味気ない生活に楽しみはほとんど見いだせない。
 これまで「被災地支援に全力を尽くす」という政治家の言葉を何度も耳にしたが、政局に明け暮れる永田町に落胆するばかりだった。「生活再建への希望をつかみたい」。そのために具体的な復興の姿を見せてくれる政治家をしっかり見極めるつもりだ。

■浜の幹線、再開通させて
 原発事故の避難区域などでは除染や生活基盤整備をはじめ課題が山積する。川内村の箭内義之さん(63)は「帰村宣言」を受けて4月に川内村に戻った。食料品店の営業を再開したが、原発事故前と比べて客数は大幅に減っている。村民の帰村がなかなか進まないことが大きな理由だ。
 村にアクセスするための主要道の常磐自動車道や6号国道はいまだに閉ざされたまま。村にとって大きな経済・医療圏だったいわき市や相双地区へ行くことは難しい状況で、「早期の再開通が村復興には不可欠」と、近隣自治体の除染や復旧工事の一層のスピードアップを求める。「やるべきことがたくさん残っているのに解散してしまった。選挙で生じる空白期間はすぐに取り戻してほしい。今度こそ政治の実行力を示すべき」と訴えた。

■富岡でコメ作りたい
 富岡町から郡山市の仮設住宅に避難する西内幸雄さん(72)は「腰を据えて復興に取り組める安定した政治になってほしい」と衆院選への期待を口にした。
 原発事故前、富岡町では農薬を使わない有機米栽培に取り組んでいた。こだわりを持って作ったコメは30キロ1万円もの高値がつくこともあった。コメ作りは生きがいだった。東電から賠償金をもらえるかもしれないが、お金では代えられない。
 環境相が代わったばかりの時期の解散。政治家は被災地のことを考えてくれているのかと不安も感じる。
 「公示後は被災者の声をよく聞いてほしい。富岡でまたコメを作りたい。少しでも実現に近づけてくれる政治家を選ぶ」と強調した。