”NHK総合テレビ”
「明日へ-支えあおう-」
- 被災地はいま・東日本大震災から1年半 第二部 -
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http://tvtopic.goo.ne.jp/program/info/589332/index.html
被災地からの声 (バラエティ/情報)
仙台若林区では仮設住宅での生活も1年余続き、住民同士のつながりができ始めている。仮設住宅で一人暮らしをしている相原潔さんも、不安だった架設での暮らしもようやく慣れてきて、周りの住民が皆優しく、この家を出ていくのが怖いと話した。
宮城県亘理町は、古くから漁業で栄えた小さな港町で、漁が再開していた。漁の網を作成してた菊池一男さんは「前の生活に戻ってみせる もう一度家を建ててみせる」と話した。
岩手県陸前高田市の仮設住宅で生活する吉田貞子さんは、夫が目の前で津波にさらわれた。吉田さんは「今日の日 1日の中で笑えること できたらいいな」と話した。
スタジオでは、三船美佳が「最初死にたいって思っていた人が、仮設住宅に来て、色々な人に支えられて楽しいと思えたが、出るのが怖いとおっしゃってた人が印象的だった」などと話し、トークした。
去年秋、津田喜章は宮城県山元町でいちごを40年以上作ってきた菅野孝雄さんを取材した。1年ぶりに再び訪問してみると、1年前は全て津波で流されてしまった土地にいちごのハウスが建っていた。菅野さんは「みんなの協力 行政からのボランティアの人たちにも協力してもらってる」などと話した。
仙台宮城野区を今年の3月取材した津田喜章は、津波で破壊されたアパートを修理する男性鈴木富男さんに出会った。鈴木さんは、街に人を戻そうと率先して住宅の修理を行なっていた。1年ぶりに再び訪問してみると、鈴木さんは住宅の修理を続けていて、以前取材した時に直していたアパートは満室になっていた。鈴木さんは震災の翌日から、自分で引き上げた遺体のあった場所へ1つ1つまわり、供養していた。
スタジオでは箭内道彦らが「地元に、ムードメーカのようなリーダーが若い人を含めて出てきてくれることが、全国の人の継続した支援以上に必要なこと」などとトークした。
岩手県大槌町の、津波で自転車を流された小学生の河合夏海さんに1台の新品の自転車が届けられた。河合夏海さんへ自転車を届けたのは復興市場というサイトだった。このインターネットサイトを立ち上げた人は、岡山県に住んでいる山崎太朗さんだった。従来の支援にはない大きな特徴として、届けられる物資は全て被災地から購入される。
岩手県大船渡市で洋品店を営む佐々木和子さんは、復興市場に参加することで店の再建を果たした。当初は店を再建したくても、将来の見通しが立たなかった。佐々木さんに孫が進めてくれたのが復興市場に参加することだった。参加して1週間後には注文が多く入り、これまでに復興市場を通じた売上は400万円を超えている。
福岡県豊岡市の井上育子さんは、復興市場に毎月給料日に3000円分を支援している。復興市場で井上さんにとって嬉しい仕組みが、物資がどこの誰に届けられたかその様子が写真付きでアップされていることだ。井上さんは「支援している方がたくさん喜びをもらっている」と話した。
岩手県大槌の方々、宮城県気仙沼の方々にもう一度集まってもらい、それぞれいま伝えたいことを発表し、話してもらった。岩手県の笹谷ヒロ子さんは「自分の家に早く住みたい」と話した。
スタジオでは農家の方々に集まってもらい、伝えたいことを話してもらった。中村愛枝さんは「ずっと東和で暮らし続ける!ごくごく普通に。」と話した。
箭内道彦が「どうしても同じ目にあってみないとわからない気持ちがある そのせいで苦しめてしまったり傷つけてしまったりあるが、人の敵は人ではない」などと話しトークし、番組に届いたFAXを紹介した。
復興支援ソング「花は咲く」のピアニスト 辻井伸行さんの演奏。
*上記下線部の
「復興市場」はこちら↓
http://fukkoichiba.com/
その他の支援。
「助けあいジャパン」↓
http://tasukeaijapan.jp/?cat=33#tabA
「東日本大震災支援全国ネットワーク」↓
http://www.jpn-civil.net/manufacturing_info/
そして、
太線の菅野さんは復興に向けて順調に見えるかもしれないが、
2000万円の負債を抱えての再出発。
アパートをたった一人でリフォームしている鈴木さんは、
最初は「そんなこと無理だ」と周囲に言われたが決して諦めることはしなかった。
今ではご自分が住んでいる部屋すら貸してほしいと言われる。
仮設に住む仲間には外へ出てくるように働きかけ、
ご自分が遺体を引き上げた場所に毎日手を合わせて回っている。
1000日続ける決意で・・
気仙沼の仮設の商店街からの声・・
「地域のお客様は多くの方が亡くなってしまった。
今では被災地を(観光やボランティア等)応援してくれる人たちに支えられている。」
「地元のお客様を確保したい。」
「街に人を戻したい。」
「(いつまでも)住みながら商売をしたい。」(住民不在)
→何が必要なのか?
・早急な復興公営住宅の建設。
しかし、防潮堤の計画も決まっていない。
いち早い「まちづくり」が求められている。
沿岸部から人が離れ、
観光やボランティアが減ってしまうと、
商売を続けることは難しくなってしまう。
沿岸部に仕事を増やすことも求められる。
(個人的には政府が”脱原発”を早急に宣言して、
東北を中心とした”再生可能エネルギー”を計画し、
雇用を生み、県内外から人が集まるように進めていただきたい。)
最後に、仮設から出るために頑張っている人もいるが、
誰もが同じ気持ちではないようだ・・
「仮設から出るのが怖い。仮説で死にたい。」
*一人暮らしの初老の男性。
「前の生活に戻ってみせる。もう一度家を建ててみせる。
氷海で一所懸命働いてきたけど、すべてが一瞬で流された。
悔しい。悔しいでしょ。」
*漁業の男性。
「今日の日、一日の中で、笑えることが出来たらいいな。」
*そう語った吉田さんは。毎日、夫の遺影に「ごめんなさい」と・・
「寂しい。」
*自宅前で、男性。
東北に力を!