”震災500日 故郷つなぐ手製通信 福島・南相馬” | Love & Peace 2011

Love & Peace 2011

3.11
あの日から変わったこと
変わらないこと
先送りできる問題なんてひとつもない!



”朝日新聞”↓

http://www.asahi.com/special/10005/TKY201207210617.html

写真:「神山友愛の里通信」の読者からの手紙をまとめたノートを見る大友章生さんと妻の祥子さん。「今でも避難生活でつらい思いをしている方々からの手紙を読むと胸が詰まります」と大友さんは話した=福島県南相馬市鹿島区北屋形、小川智撮影拡大「神山友愛の里通信」の読者からの手紙をまとめたノートを見る大友章生さんと妻の祥子さん。「今でも避難生活でつらい思いをしている方々からの手紙を読むと胸が詰まります」と大友さんは話した=福島県南相馬市鹿島区北屋形、小川智撮影

写真:メモを見ながら「神山友愛の里通信」に掲載する原稿をパソコンで打つ大友章生さん=福島県南相馬市鹿島区北屋形、小川智撮影拡大メモを見ながら「神山友愛の里通信」に掲載する原稿をパソコンで打つ大友章生さん=福島県南相馬市鹿島区北屋形、小川智撮影



 22日で東日本大震災から500日目。津波や原発事故の爪痕は、被災地に深く残されたままだ。それでも故郷の再生を願い、歩み続ける人たちがいる。

 山里が広がる福島県南相馬市の神山地区。東京電力福島第一原発から十数キロで警戒区域に指定され、全34世帯が全国へ散らばった。

 《皆さま、どこに、どのように、何をしてお出(い)でですか?》。そんな文言で始まる「神山友愛の里通信」が発行されたのは、昨年5月のことだ。

 編集するのは元中学教諭、大友章生さん(74)。「仲間がどこに避難したか知りたい」。住民のつてを頼り、近況や連絡先を調べた。34世帯中、半分ほどの電話番号を創刊号に載せ、郵送した。

 月1回、住民のメッセージや行政情報がA4判1枚の表裏にパソコンでびっしり打ち込まれている。8月号には全34世帯の連絡先がそろった。

 離れ離れになった人たちは、故郷の存在を確認するように読みふけった。「みんなで会いたいね」と連絡を取り合うようになり、昨年末、20世帯35人が福島市郊外の温泉に集まった。

 宴会場にはカラオケが用意されたが、誰もマイクを握らない。夢中で語り合った。夜がふけるころ、「故郷(ふるさと)」を歌いたいと声が上がり、合唱に。部屋に戻り、日付をまたいでも話は尽きなかった。

 1月号に声が載った。《神山忘年会は大成功、とても懐かしく楽しかったです(富澤俊幸・幸江)》。富澤家は3世代6人が3カ所に分かれていた。

 4月、警戒区域が見直された。南相馬市の借り上げ住宅で暮らす上野久美さん(44)は実家に戻り、言葉を失った。「家の中は震災後そのまま。ため息をつくしかなかった」。思いを連ねた手紙を大友さんに送り、5月号に掲載された。

 《シ~ンと静まり返った神山 つつじは咲くのかな アジサイは? 何も手をつけず、戻って来ました》

 通信の送り先は43カ所に及ぶ。15日付の最新号には中学生の文章を掲載した。「これからは子どもの声をたくさん載せたい」。大友さんは故郷を思う人たちの心をつなぐ。(佐々木達也)