「東北人魂を持つJ選手の会(通称=東北人魂)」と”小笠原満男” | Love & Peace 2011

Love & Peace 2011

3.11
あの日から変わったこと
変わらないこと
先送りできる問題なんてひとつもない!



*21日に行われた「東日本大震災復興支援 2012 Jリーグスペシャルマッチ」
 試合前の彼の言葉に胸が熱くなった!



”スポーツナビ(3/21)”より↓
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/jleague/2012/text/201203210001-spnavi_1.html

東北人魂を胸に、復興活動を続ける小笠原満男
被災地のサッカー少年にグラウンドを

2012年3月21日(水)


震災発生後、小笠原(右)は何度も被災地を訪れ、復興活動を続けてきた
震災発生後、小笠原(右)は何度も被災地を訪れ、復興活動を続けてきた【写真は共同】

 クラブOBで元ブラジル代表DFのジョルジーニョ新監督が率いる新たな体制をスタートさせた2012年の鹿島アントラーズ。しかし開幕から予想外の苦境に直面した。J1では2連敗を喫して94年以来の単独最下位に沈み、常勝軍団の危機もささやかれていた。だが、20日のヤマザキナビスコカップで好調・ヴィッセル神戸を2-0で撃破。ようやく待望のシーズン初白星を飾った。

 2011年3月11日に東日本大震災が発生してから1年。「東北の被災地の人たちを勇気づけられるように、自分がサッカーで頑張ってる姿を見せたい」と言い続けてきたキャプテン・小笠原満男にとって、大迫勇也の先制弾を演出して今季初勝利に貢献したことは、新たな一歩を踏み出す大きな力になったはずだ。

■被災地への思いから「東北人魂」を設立

 ちょうど1年前の今ごろ、小笠原は東北の被災地でボランティア活動をしていた。鹿島が活動休止に追い込まれた直後、妻と子供3人を連れて、日本海側回りで丸1日かけて高校時代を過ごした大船渡と妻の実家がある陸前高田に入ったのだ。小笠原から帰郷の相談を受けた盛岡商業高校の斎藤重信総監督は当時の様子をこう話した。

「満男から『どうしても大船渡と陸前高田へ行きたい』と連絡があったので、『高速道路の陥没もあるし、やめた方がいい』と言いましたが、彼の意思は固かった。すでに盛岡に住む満男のお父さんが行けるところまで車で行き、途中から自転車に乗り換えて数十キロ走り、高田の嫁の実家までたどりついて安否確認を済ませていたから良かったですが、彼は身内さえ良ければいいとは決して思っていなかった。燃費のいい車を借り、家族ともども大船渡と高田に入って5日間、献身的に働いたんです。『子供を風呂に入れさせたい』と鹿嶋に戻った後も、支援物資や義援金を頻繁に送ってくれました。あの積極性には本当に頭が下がります」

 小笠原の故郷への思いはそれだけにとどまらなかった。昨年3月29日に行われた日本代表対Jリーグ選抜のチャリティーマッチでは「東北人魂」と大きく書き込んだTシャツを着て大阪・長居スタジアムに登場。満足に練習できず、コンディションも整わない中、被災地の力になりたい一心でピッチ上を懸命に走り続けたのだ。

 その後も地道な活動を続け、5月には東北六県の現役Jリーガー有志を募り、5月13日に「東北人魂を持つJ選手の会(通称=東北人魂)」設立にこぎつける。「東北サッカー未来募金(振込口座=七十七銀行利府支店 普通口座 5337623、東北サッカー協会義援金口代表 社団法人宮城県サッカー協会)」も同時にスタートさせ、定期的な募金活動を実施できるようにした。さらには被災地のサッカー少年のJリーグへの招待、イベント開催、被災地へのメンバー派遣などを精力的に行ってきた。

■震災から1年、復興が進まない現状

 東北人魂は当初、今年3月31日までの活動を予定していたが、1年間延長されることが決定した。小笠原自身も復興活動継続がまだまだ必要だと強く考えている。被災地の実情を見れば見るほど、そういう思いが湧き上がって仕方ないようだ。

「実は震災発生から丸1年が経過した今月11日も大槌、大船渡、陸前高田へ行ってきたんです。『1年たってこういう状態なのか……』と正直、思ったよね。頑張ってがれきは1カ所にまとめたけど、本気で処理するつもりがあるなら、もっと早く片付けられるはず。小中学校の校庭の仮設住宅に住んでる方もたくさんいるけど、そういう人たちの住居だって1年あれば作れるでしょう。そういうことが進まないから、子供たちがスポーツもできないし、運動会すらできない。ホントに何とかしないといけないと痛感しますよ……」

 小笠原はこの1年間、被災地と少年たちと接する機会を数多く作ってきた。彼らと一緒にボールを蹴り、うれしそうにする姿から逆にエネルギーももらってきた。だが、逆に子供たちからの笑顔に陰りが見られる場面にも何度か遭遇したという。

「『これからも頑張って練習するんだぞ』と言うと、『やりたいんですけど、練習する場所がなくて練習できないんです……』と困った様子で言う子が何人もいたんだよね。それを何とかしてあげたいっていうのが今、一番強く思ってることなんです。被災地の復興の中でスポーツが後回しになってしまうのも分からないわけじゃない。人の生活や住居のことが最優先になるのは当然だと思うし。だけど『スポーツ施設は3年後に建て直します』となったら、子供たちの3年間は失われてしまう。3年っていったら、小学生が中学生に、中学生が高校生になる時間でしょ。それを空白にしたらスポーツが消えてしまう。僕は絶対にこのままじゃいけないと思ってます」

■始動予定の「グラウンド再生プロジェクト」

福島第一原発事故の収束拠点と化しているJヴィレッジ。子供たちがサッカーをするためには、少しでも早くグラウンドを再生しなければならない
福島第一原発事故の収束拠点と化しているJヴィレッジ。子供たちがサッカーをするためには、少しでも早くグラウンドを再生しなければならない【元川悦子】

 彼が強調するように、震災によって多くのスポーツ環境が失われたのは確かだ。その象徴がJヴィレッジだろう。かつてトルシエジャパンが毎月のように強化合宿を実施し、2006年ドイツワールドカップ直前にジーコジャパンが国内最終合宿を張ったあの場所は、今や福島第一原発事故の収束拠点と化している。天然芝・人工芝ピッチはヘリポートと駐車場、一部はコンクリートが張られて放射線物質の除染場として使われ、スタジアムの方は作業員用のプレハブ住居になってしまった。実は筆者も今年1月に現地へ赴いたが、ピッチ上に無造作に建てられた住居、地震で破壊されたスタンド、伸びきった芝生……と、あまりにも過去の姿とかけ離れた光景に衝撃とむなしさを感じざるを得なかった。「どうして真っ先にサッカー施設をつぶしてしまうんだろうね……」と小笠原も悔しそうにつぶやていた。

 そんな現状を踏まえ、昨年末のFIFA(国際サッカー連盟)クラブワールドカップで来日したFIFAのジョゼフ・ブラッター会長が「東北被災地各県に1億2千万円ずつ出してグラウンドを作りたい」と申し出てくれた。だが、土地を20年間無償で貸してくれる自治体が現れないことには始まらない。しかも人工芝は7~10年で補修する必要があり、一面全部張り替えるには5000~7000万円もかかる。それを各県協会が負担しなければならず、せっかくの話も実現できるかどうか分からないという。

「被災地でそれだけのお金を作り出すのは簡単じゃない。だからこそ、僕らが何とかしたいという気持ちが強いんです。東北人魂で『グラウンド再生プロジェクト』を作って、そこから張替え費用を出せるようになれば、FIFAの申し出ともリンクできるから。一方、僕らは僕らで別のグラウンドも用意したい。『仮設スーパー』があるなら、『仮設グラウンド』があったっていい。砂をまいて、ちょっとしたゴールを置いてネットをつけるだけでサッカーはできるんだから。まずは場所探しからだと思います。この前も岩手でいろんな人と話したけど、私有地なら使えるんじゃないかって話が出ました。『田んぼや畑があった広大な土地をこの機に買ってくれるなら、子供の施設に使ってほしい』と言ってくれる人がいると。そういう人と場所が見つかれば、あとはお金の問題になる。そのためにも、東北人魂できちんとした受け皿を作ることが大事。これは今すぐやらないといけない。事務局のスタッフとも相談して、できるだけ早くプロジェクトを立ち上げるつもりです」と小笠原は語気を強める。

■子供たちの笑顔を取り戻すために

 東北人魂に「グラウンド再生プロジェクト」ができれば、企業や個人が1口いくらで出資できる体制が生まれる。賛同者が増えて、何百、何千万という資金になれば、グラウンド整備も思い切って進められるようになるだろう。彼のアイデアは実現不可能な話ではないはずだ。

「東北の漁業関係では、1万円の出資を募って養殖施設や船を修理するお金に充て、獲れた魚介類を還元するっていう支援方法があると聞いてます。そういうのはすごくハッキリしてていいですよね。日本赤十字への募金ももちろんいいことだし、それで助かる人もいるわけだけど、目に見える形でお金を出せる仕組みがあった方がより明確だから。『グラウンドを作って、子供たちの笑顔を取り戻したい』という僕の考えに賛同してくれる人が増えるように、しっかりとプロジェクトを立ち上げ、うまく回るようにするのが、今の僕の仕事なのかなと思ってます」

 小笠原は本業であるサッカーを忘れたわけではない。プロ15年目となる今季に賭ける思いは強いし、チーム一丸となってタイトル奪還に向かうつもりだ。それと同時に、震災復興活動も並行してやっていこうとしている。「練習や試合のない時を無駄に過ごしてるより、そういう活動をしてる方がおれの力になるからね」と言うように、本人もうまくメリハリをつけることができているようだ。

 彼が痛感しているように、震災からの復興はまだまだ道半ば。ごく普通に暮らす人間はそのことを忘れがちだが、被災地には苦しんでいる人たちが大勢いる。震災発生から1年が経過した今こそ、彼らのために何ができるのかをあらためて考えるべきだ。小笠原のように具体的な活動はできなくても、その心意気に賛同し、協力することはできるはず。東北人魂の「グラウンド整備プロジェクト」がいち早く始動し、サッカー少年たちが元気にグラウンドを駆け回る日が来るように、われわれサッカーを取り巻く側もサポートの意識を持ちたいものだ。