(前記事からの続きです)
~episode 9~
<岩手県陸前高田市>
6月、陸前高田高校のKさん(18歳)は長崎にいた。
長崎が続けている”高校生平和大使”のメンバーになるためで、
”高校生平和大使”は、毎年国連に派遣されている。
「津波による被害が、原爆に通じるところがある。
両親、友達を失ってしまい、いろんな人の支援で生きている。
被災した惨状、私たちの気持ちを世界の人に伝えていきたい。」
Kさんは”原爆資料館”を被災者の目で見つめる。
津波の後、
夕方になっても、夜になっても帰ってこない両親を、
「あぁ、帰ってこないんだなって・・」思ったという。
長崎で被爆者の女性の体験の声を聞く。
母や姉妹の遺体を探して回った話を・・
「一人でもいい、草を食べてもいい、そして今を生きている。
前進して頑張っていただきたい。」
Kさんに遺体安置所を探して回った記憶が蘇る。
両親の死に顔を思い出して辛かったことを。
「生きる勇気をもらった」
彼は涙を拭いた。
8月、スイスのジュネーブにある”国連欧州本部”。
英語によるスピーチを述べて、惨状を伝えた。
「防災意識と希望を、人にもたらすことはできる。」
故郷の復興に向けて、しっかり前を見据えていた。
(おわり)