~前記事からの続きです~
仙台東部道路を走っていた
この道路を境に津波の被害の明暗を分けたことがよくわかる
仙台空港の滑走路の誘導灯と、飛行機のライトが見えた
空港が津波に襲われた映像が脳裏に浮かんだ
今夜は松島に泊まろうと思っていた
正直言って、ゆっくり温泉にでも入りたかった
身体よりも気持ちが疲れていた・・
松島に着いて宿を探す・・
すでに19時をまわっている
旅館(ホテル?)を見つけて駐車場に車を停めると
まわりは関東の職人の車が多かった
受付で宿泊を断られる・・
1件目で旅館に泊まることを簡単に諦めてしまった
理由は思ったよりも値段が高いことや、作業に来ている人たちが多く訪れていて、
どこに行っても同じ気がしたことなど・・
ビジネスホテルか民宿に目標を切り替えた
ない・・
なぜか松島に泊まる気がしなくなる・・
ここじゃない気がいた。
来た道を引き返して塩釜まで戻った
買ったばかりの安いナビでビジネスホテルを検索する
(今回の旅は、自家用の某ポンコツ高級車で来ることをやめて、
仕事用のバンでやってきた。一応何が起こっても対応できるように、
道具や作業着や長靴まで積み込んで。
その車にナビはついていなくて、(今どき・・?)
路頭に迷うことが必然だったこの旅に、出発したその日、あわてて買ったナビ。
この後このナビは意志を持つナビとなる・・・)
何軒か検索に出たビジネスホテルまで行ってはみるが、
受付に行く気にもなれない雰囲気
これが?という感じだったり・・まわりがあまりにも暗かったり・・
これだけ聞くと、俺が宿をえり好みして贅沢言ってんじゃねーか、と思われるかもしれないけど、
そうじゃないんです。
そもそも、東京から出発した時は宿が無ければ、車で寝てもいいや、位に思っていた
でも、甘かった・・
とてもじゃないけど車で寝ることなど許されない雰囲気に圧倒された
かなり気持ちがまいっていた
甘かった・・
わかってもらえないかもしれないが、灯りや人の気配がほしかった
押しつぶされそうな闇が迫っていた
(この辺りにも見慣れた関東地方のナンバーの職人車が多かった
後で聞いた話だが、建築会社や派遣会社が、このあたりの宿を長期に渡って予約、
実際に使う使わないは別として確保しているらしいと聞いた。)
そして・・
ラッキーだった。
駅の近くで(ダメもとで飛び込んだ)大きめの宿に部屋をとれた。
当然、食事が出来る時間じゃないので
近くの居酒屋へ出かけた、へとへとで腹ペコだった
なぜか広島焼きを食べていると、カウンターの並びに座った男性から聞き覚えのある語尾が・・
俺の好きな「仁義なき戦い」シリーズや、去年行った土地で聞いた言葉・・
「広島の方ですか?」パンドラの箱を開けてしまった!
このおっちゃん、ちょ~ファンキーで面白い人だった
落ち始めていた俺のテンションが上がり始めた!
(このおっちゃんの話が面白くていろいろ書きたい気もするんだけれど、
本筋から離れてしまうことと、最後の最後に大どんでん返しがあり、頭に来たので書いてやらない!)
おっちゃんと2軒目のスナックに行った。
内装も外装もママも(?)きれいな店だったけど、
津波で1.5m浸水してしまい、お金をかけて内装を全部直したそうだ。
そして「常連だったお客さんも津波で3人亡くなっちゃった。」
ママが言った・・
しばらく飲んで宿に戻った、すぐには眠れなかった・・
つづく・・・