地球上で2発目の原子力爆弾が兵器として使用された。

この1発の爆弾で多くの人が命を落とした。
原爆投下の直前に「長崎市民は全員退避せよ」とのラジオが流れたそうだ。
また、地下壕では警察幹部と知事が避難命令についての会議を開いていた。
それらは手遅れだった。
9日の朝に出された空襲警報も10時ころには解除され、
軍需工場などでの作業に戻った人たちも大勢被爆した。
そもそも、第1投下候補の都市は九州の小倉だった。
天候不順により第2候補である長崎に目標は変えられた。
仮に、小倉に原爆が落とされていたとすると、
関門海峡や下関にまで及び、地形的に長崎より大きな被害が出ていたとされている。
長崎は山が被害の拡大を抑えたといわれている。
実際は広島の1.5倍の威力の爆弾だった。
そして、長崎の街は負の遺産を残すことより復興に力を注いだ。
そのため、広島の原爆ドームのような大きな記録がほとんどない。
それらの理由からか、どうしても広島ほど語られることが少ないように感じる。
被爆地の悲惨さは何も変わらないし、実際、ここに紹介しようとした写真も、
あまりに衝撃的なので、掲載しないことにした。
また忘れていけないのは、故山口彊さんのように広島と長崎で二重被爆した人がいること。
そして、広島で被爆して今回の東日本大震災で被災した人もいる。
その山口さんを笑い飛ばした英国のBBC放送。
だいたい欧米人の原爆の認識はそんなもんだ!
実際アメリカ人だって、被爆者のやけどの写真や、
焼け野原に横たわる遺体の写真などは、
自分の国で目にすることはほとんどない。
そして、今の総理大臣は、9日の長崎の演説で、
爆弾が投下された日を8月8日と言い間違えた。
情けない・・・