封印された原爆報告書 | Love & Peace 2011

Love & Peace 2011

3.11
あの日から変わったこと
変わらないこと
先送りできる問題なんてひとつもない!

同タイトルのNHKの特集番組を見ました。

広島と長崎で集められた、被爆者の詳細なデータは日本の被爆者に決して生かされることなく、アメリカに渡りました。

その181枚の報告書は、アメリカで曲線グラフになりました。

それは爆心地からの距離と、被爆者への影響を表した一枚の曲線グラフです。


そのデータをとるために、治療とは関係ない薬を投与したり、幼い少女の遺体を解剖したり、被爆者に詳細な日記をつけさせたりしました。

家族や被爆者達は、後の治療に役立てるのならと思い協力しました。

しかし、それらが利用されたのは、アメリカがロシアの都市を壊滅させるのに、広島型の原爆を何発落とす必要があるのかというシュミレーションでした。

日本では、その存在さえも知らされていなかったのです。

現在の日本の隠蔽体質はずっと昔から変わってないのです。


入市被爆とは、原爆投下の後に、広島や長崎に入って被曝したことを言うのですが、国はその多くの人達の保証すら、まだ認めてないのです。

アメリカが作った基本的人権の尊重という素晴らしい法律は、いまでも、一部の人達に対しては無視されてるんですね。

今、現在の東北の人達や、原発周辺の人達、さらには動物達にさえもひどい仕打ちが繰り返されています。




広島や長崎のシーベルトが、当時、どれくらいだったのか?有能な科学者の方、誰か教えて下さい。