彼が訪れた場所は宮城県の東松島市です。
作業内容は、被災した民家の土砂等を排出したそうです。
そこの住民の方の話によると、支給される食料は各避難所に配られるけれど、
その人のように、半壊した家屋に戻っている人たちには食料がまわってこなくて困っているそうです。
仮設住宅に入れるのに、避難所から離れられない人がいる理由のひとつかもしれないですね。
ボランティアに行った彼は数週間ぶりに被災地をおとずれたのですが、
前に来たときよりも、だいぶがれきも整理されてきたようですが、そのがれきは集積所に山積みにされていたそうです。
彼が宿泊した場所はこちらなんですが、

こちらは、1階が津波で被害を受けた民宿で、その2階に寝泊りをしたそうです。
その民宿の前が、がれきの集積所。
民宿から海に向かって撮った写真がこちらです。

私が以前観たテレビによると、この写真の比にならない位高いがれきの山が映し出されていました。
それらをさらに分別して処理するのに、莫大な時間と手間と費用がかかるそうです。
さらに、仲間が今回聞いた話を整理します。
すべて崩れて、平地になっている場所のがれきの処理には、問題ないそうですが、
建物の一部が残っている場所のがれきの処理には、複雑な事情があるようです。
それは・・・
例えば、修復可能な住宅に、お金をかけて住めるように修繕したとします。
けれどそこが将来、居住が認められない地域に認定されてしまうと、
そこには住めなくなり、お金も住居も失ってしまうことになります。
それが、たとえ高台だとしても同じことです。
津波の危険がある地域や、地盤が不安定な地域には住めないといううことです。
だけどもし、将来そこが居住可能な地域になれば、修繕して自分の家に住めるんです。
そんな可能性のある場所を、勝手に更地にしたり、重機を入れる難しさがあるそうです。
そんなことも、復興のブレーキのひとつになってるようです。
想像してみて下さい。
ある日突然、家も思い出もすべて流されてしまったとしたら・・・