「四川から被災地へのメッセージ」 | まちなかキャンパス日記

「四川から被災地へのメッセージ」

こんにちは。


まちなかキャンパススタッフの西川です。


2008年5月に四川大地震が起こり、10万人もの命が失われた四川省からも

東日本大震災被災者へのメッセージが届いています。


以下で紹介します。





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「四川大地震被災者からの応援メッセージを被災地へ届けよう!」

*こちらの記事は四川よりメッセージが届くごとに更新していきますので、ブログ、ツイッターなどで情報発信していただく際は記事URLを貼り付け発信していただけますようよろしくお願いいたします。
記事URL:http://ameblo.jp/masanori0615/entry-10832916212.html



自転車旅人の西川昌徳です。

僕は2008年5月12日に発生し、約10万人の犠牲者を出した四川大地震が起こった
中国四川省にて5ヶ月間仲間達と共にボランティア活動をしました。

そこには世界各国の支援団体をはじめ、多くのボランティアが集まりました。

中国を旅していた旅人が集まりました。中国留学していた学生が集まりました。
日本からも多くのボランティアが駆けつけました。

2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。

四川で共に活動したメンバーも仙台で被災しました。

兵庫県姫路市にいた僕は、神戸の震災支援団体になんとか僕も現地に連れて行った欲しいと連絡を取りましたがその想いは叶いませんでした。

TVニュースから流れる被災地の光景を悲痛の思いで見つめながら
「今僕にできることはないのだろうか・・・」ともどかしい思いで過ごしていました。

この状況で四川で一緒に活動したボランティアメンバーも同じことを考えていました。

「自分たちにできることはないのだろうか。自分たちだからできることはないだろうか」

そんな状況の中メンバーのひとりが僕に電話をくれました。

「震災で同じ痛みを経験した四川の人々から、東日本大震災の被災者の方々への応援メッセージを届けることはできないだろうか」

この言葉からこのプロジェクトは動きはじめました。

現在も四川省に滞在している日本人の皆様、ボランティアをされていた中国のかたにメッセージを集められないか連絡を取り、サイトで掲載していただいたところ

「TVで被災地のニュース映像を見ながら、ずっと何かをしてあげたくてたまらなかった!是非とも自分たちの声を日本に届けて欲しい!」

と多くの四川大地震で被災された方々からのメッセージが届きました。

これらのメッセージは四川大地震を機に結成された「四川ボランティア友の会CODE支援チーム」のメンバーのうち現在も四川省成都に滞在されている日本の方々が主体となり、日本語ができる中国の方々の支持も頂いて日本語に翻訳され僕のもとに届 けて頂いております。

これから掲載する四川大地震被災者から東日本大震災被災者へのメッセージは
四川地震でも復興支援活動をしていた神戸のNGO「CODE・被災地NGO協働センター」の協力をいただき、メッセージをプリントアウトしたものを被災地避難所にて掲載していただくことになっています。

*この記事は四川からのメッセージが届くごとに随時更新していきます。

現在も避難所で不安を持ちながら生活されている被災者の方々にこれらのメッセージが届くよう、どうか一緒に活動したボランティアメンバー、そしてこのブログをご覧いただいている皆様のご協力をいただければと思っております。

ツイッター、メール、ブログ何でもかまいません。

どうか皆様のご協力よろしくお願いいたします。


四川大地震被災者から被災地へのメッセージ
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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:彭廷国 性別:男 年齢:60歳

住所:中国四川省北川県香泉郷光明村

被災背景
家 屋がいくつも倒壊した村でたったひとつの診療所、この村にひとりしかいないお医者さんです。長年の貯金でやっと建てた新築だった自宅が地震であっという間 に倒壊したショックで、一時は地震で死んだほうが良かったとまで家族に洩らしましたこともあるそうです。自分や家族の事だけでも精一杯なのに、そういった 内心の事情を打ち明けることなく、たったひとりの医者として立派に地震で怪我をした村人の治療に当たりました。

応援メッセージ原文:
第一个;我是汶川大地震受害者,是你们的朋友,灾难不可怕,信念最宝贵,朋友加油,支持你们!
第二个;虽然我们远隔千山万水,我们心心相连,朋友抬头挺胸站困难,我们永远支持你们!加油!
第三个;老天无情人有情,朋友困难终会过去,美好很快到来!

(日本語訳)
1. 私も四川大震災の被災者であり、あなたがたの友達です。災難を恐れずに、信念を貫いてください。友達よ頑張れ。私はいつまでもあなた達の事を応援しています。

2. 遥か遠い場所に離れてはいるものの、私達の心は繋がっています。友達よ、頭をあげて胸を張って困難と闘いましょう。私達はいつもでもあなた達の事を応援しています。頑張れ。

3. 自然というものには感情がないかもしれないけれど、私たち人間は「情」を持っています。辛い時期はいつかは終わります。幸せな毎日がきっと戻ってくる日が来ます。


2011年3月13日執筆 植田麻紀訳
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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:松柏 性別:男 年齢:20代

住所:中国四川省アバ州日隆鎮長坪村,四姑娘山ふもと

被災背景
四 姑娘山という日本からも沢山の登山家が集まる美しい山のふもとで、登山グループのコーディネートをするのが彼の仕事。普段から日本の方とはよく往来があり ます。地震で彼の家は倒壊したほか、地震で道が寸断し観光客が訪れないという被害を受けました。このため収入源が途絶えたこの村の村民達は今でも昔と違っ た静かな生活を送っています。道が舗装されて開通すればすぐに再び旅行客で賑わう村となる事でしょう。

応援メッセージ原文
我是一 个亲身经历过512汶川大地震的人,之前我从来没经历过地震,所以当时真的不知所措,后来回到家一看眼前的一切顿时让我目瞪口呆了天那地震。今天我在电视 看见了又一次日本地震,顿时让我心疼,想起512汶川地震时的我们,就能想到现在日本友人的心情。在这自然灾难前我们希望日本朋友站起来,在世界人民的关 心下重建你们的新家园。日本加油!

(日本語訳)
僕は2008年5月12日四川大地震をこの体で経験しました。それまでは地震なん て経験した事がなかったので、発生当時はどうしていいか分からなかった。家に帰って目にした被害の光景には唖然として言葉も出てこなかった。今日、日本で 地震があったのを知って、僕は本当に胸が苦しい。2008年5月12日の地震の時の自分達を思い出すことで、日本のみんなの今の気持ちがとてもよく理解で きるから。今回の自然災害に負けずに、日本の友達に元気になってほしい。世界の人々から見守られながら、また新しい街づくりをしてほしい。頑張れ日本!

2011年3月13日執筆 植田麻紀訳
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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:明亮 性別:男 年齢:50代(写真上段真ん中)

住所:中国四川省アバ州日隆鎮長坪村,四姑娘山ふもと

被災背景
四 姑娘山という日本からも沢山の登山家が集まる美しい山のふもとで、宿を経営しており、またこの村の村長でもある。息子が日本に留学しています。地震で家は 倒壊したほか、地震で道が寸断してしまい観光業は大打撃を受けました。このため収入源が途絶えたこの村の村民達は今でも昔と違った苦しい生活を送っていま す。道が補修されて開通すれさえすればきっとたくさんの観光客が戻ってくるでしょうに・・・。

応援メッセージ原文
坚强,不要放弃,虽然恶梦突然袭来,无数生命被掩埋,人间有大爱!我们也是经历汶川512地震的幸存者,我们闻知日本311大地震,牵动着我们的心。坚信,坚强!坚强,再坚强!人间有大爱。

(日本語訳)
あ きらめないで、頑張って。悪夢は突然やって来て無数の生命を奪っていく。でも、私たち人間には「愛」がある。私は四川大震災で幸運にも生き延びることがで きました。日本の大地震を聞いて心が落ち着きません。人間には愛があります。どうか信じる気持ちを忘れないでください。

2011年3月13日執筆 植田麻紀訳

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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:彭開富 性別:男 年齢:50代

住所:中国四川省都江堰市

被災背景
メッセージに書かれている3人の家族とは奥さん、ひとりっ子だった娘さん、また義理の妹さんです。地震前はアパートに奥さんと娘さんとの3人暮らしでした。そんな悲しみに暮れてもしょうがないような境遇のなかで支援活動に励み、政府から表彰を受けました。

メッセージ原文
亲 爱的日本朋友:惊悉日本连续发生强震并引起海啸等灾难,遭受重大人员和财产损失,我深表同情。在08年5’12汶川特大地震中,我家房屋倒塌,三位至亲遇 难。在那次灾难中,我得到多名日本朋友的帮助,我会永远牢记并感谢他们!如今日本遭遇灾害,我对所有的日本朋友表示最诚挚的慰问,并祝他们好人慰问,并祝 他们好人一生平安!愿坚强的日本人民早日战胜灾难!重建家园,迎接新的更美好的幸福生活!

(日本語訳)
親愛なる日本の友達へ。度 重なる地震、また大地震が起こした津波、これらの災難を聞いて本当に驚いています。この地震で多くの方が犠牲になった事、また多大な経済損失が生じた事に 深い悲しみを感じています。私は2008年に起きた5・12四川大地震で自宅が倒壊したばかりか、3人の家族を失いました。この災難の中で、私は多くの日 本の友達に助けてもらいました。彼らへの感謝の気持ちは永遠に私の胸にしっかりと刻まれています。日本がこのような深刻な被害にあい、心よりお見舞いを申 し上げます。生存者の方々がまたこれから平穏に暮らせるようになることを祈っております。日本の方々が一日も早くこの苦難を乗り越えられますように。町を 築き上げ、次なる幸せな暮らしを一刻も早く迎えられますように。

2011年3月13日執筆 植田麻紀訳

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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:謝村長 性別:男 年齢:50代

住所:中国四川北川県香泉郷光明村

被災背景
この村のほとんどの村人と同じように農業で生計を立てています。また彼はこの村の村長でもあります。この村のまとめ役として、震災後の村の問題処理に追われる一方、政府の指示を村人に伝えるという仕事にも努めてきました。

応援メッセージ原文
日本朋友你们好。我们是汶川大地震受灾最严重的灾区。我们在电视上看见你们日本地震。日本朋友雄起,一定严坚强。当时我们地震的时候房屋全部倒了,所以你们要坚强,有社会各界的朋友支持,一定会建好你们的家园,要好好的活下去。

(日本語訳)
日 本の友達よ、こんにちは。私達は四川大地震で最も被害のひどかった被災地に住んでいます。今テレビで日本の地震の被害を見つめています。日本の皆さん立ち あがれ!しっかりと自分をもって!四川の地震では私の家も全壊しました。だから皆さんにも頑張ってほしい。世界の友達が日本を応援しています。あなた達の 町を復興し、しっかりと生き続けられることを願っています。

2011年3月13日執筆 植田麻紀訳

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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:鐘思其 性別:女 年齢:20代

住所:中国四川省徳陽市綿竹遵道鎮

被災背景
彼 女は飾り刺繍の職人さんです。多くの方が亡くなった地域に住んでいる彼女は、被災で子供を失くしたショックで家に引きこもりぎみだった夫人方を連れ出し、 みんなで一緒に刺繍をして被災者同士慰め合うという場を作り出しました。そんな彼女の行動は悲しみにくれる人たちにとってどんなに大きな心の支えになった 事でしょう。

応援メッセージ原文
亲爱的受灾日本朋友,我是08年5.12四川大地震中国灾民,11日看见日本大地震,很震惊,很 难过。这让我想起我的家乡地震时的恐惧和害怕。当时我的亲人也有去世的,我和无助,很害怕,好像世界末日了,前途也是一片黑暗。但是后来我还是坚持了过 来,因为经过这么大的灾难,我们还活着真不容易,虽然家园没有了,财产没有了,可是我们活着,这就是希望。为了我们的亲人和朋友,为了已经离开我们身边的 人,我们要坚强。亲爱的受灾日本朋友,我们一起加油,还有很多的朋友会支持你们,关心你们,虽然我们相隔很远,可是我们的心紧紧在一起,我能体会这一刻你 们的心情和无助

(日本語訳)
親愛なる日本の被災者の皆さんへ。私は中国の5・12四川大地震の被災者です。11日に日本で大地震 があった事を知って震えあがりました。とても辛くなりました。私の故郷が地震にあった時と同じ恐怖感に襲われました。当時私は身近な人を失くしました。辛 くても何もできずつらい思いをしました。まるで世界の終わりが来たようでとても怖かった。あの頃は未来も見えず暗い闇の中にいました。でも、それからも何 とか生きてきました。なぜか分かりますか?私はあんなに大きな災害で生き残ったんです。家はなくなり、財産もなくなったけど、私はまだ生きている。いつか らかこれは一つの希望なんだと思うようになりました。亡くなった身内と友達の為に、私のそばを離れて行ってしまった人の為にも、負けてはいられない。親愛 なる日本の被災者の皆さん。私達は一緒に頑張りましょう。他にも沢山の友達が皆さんを応援し、支えてくれます。私達はこんなにも離れているけど、気持ちは しっかりと結ばれています。それは私たち元被災者には今現在のあなたがたの心境、辛い気持ちがよく理解できるからです。


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*このメッセージは四川地震でボランティア活動をされていた市川君の友人の陳さんが翻訳されたメッセージです。
ぼくの「地球」を走る旅

前列の四人女の子とも、2008四川地震で足をなくなってしまいました。
でも、もっとたくさんの人々と同じように、楽観で自分の新たな人生の挑戦に向かって、笑いながら歩いています。
その写真は私がボランティアやった時、皆様と一緒に撮った写真で、昨日、女の子達と連絡、今度日本地震の応援メッセージを書いてお願いしました。
彼女達が今ちょうど高校三年生で、勉強がとても大変ですが、すぐメッセージをくれました。
 メッセージは中国語で書きまして、日本語を訳して、写真に入れました。


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*このメッセージは四川地震でボランティア活動をされていた市川君の友人の陳さんが翻訳されたメッセージです。

ぼくの「地球」を走る旅

女の子は郭冬梅という子です。
地震した前に、成績が年級で三位以内。地震でお尻以下の足、全部なくなってしまった。しかし、彼女がすごく楽観、積極的に治療、繰り返して恢復手術を何回も受けました。その痛さは本人しかないわかると思います。
でも、毎回彼女と会う時、笑顔をしながら「V」という手振りで皆様と挨拶します。
今高校三年生の彼女、相変わらず成績が優秀、三位以内です。
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ぼくの「地球」を走る旅
(メッセージに写真が添付されていないので四川ボランティアの写真を掲載します)

氏名:賈超   性別:男 年齢:20代

住所:中国四川省徳陽市綿竹

被災背景
まだまだ若い青年ですが、地震の被害の大きさに胸を痛め、震災後生活に苦しんでいる周囲の農民の為に何かできないかと支援センターを開きました。新しい技術を提案し地元の農業の活性化に励んでいます。

メッセージ原文
灾难,让我们更加坚强更知奋进。没有什么大不了,一切都会过去。亲爱的日本朋友,我们相信你们的明天会更美好。加油啊!不要放弃。

(日本語訳)
災難とは、私達を強くさせ成長させるものです。悲観的にはならないで…。全ての物事は過ぎ去っていきます。親愛なる日本の友達よ。私達はあなた達の明日がより素敵な一日になると信じて疑いません。頑張ってね。諦めないで。
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*今後も中国からメッセージが送られてくる度に加筆していきます。