「ランニングウェアに着替える意味が ようやくわかったよ、あぶないところだった」
そう口にする滝本の手のひらに極小の盗聴器がのっていた
「スーツの上着のポケットだよ、このサイズじゃ言われなきゃ 気がつかなかったな」
最近の〝諜報戦〟には最先端技術が満載だ
手にしている盗聴器は、直径にして1センチ、重さにして1グラムもないだろう
「最近じゃ〝人工衛星の眼〟〝エシュロンの耳〟洞穴で糸電話でも使って話さない限り安心して話すこともできない時代だな」
三人のうち 滝本と野山の上着に盗聴器が仕掛けられていた、今夜の会合の予定が事前に把握されていたのである
「特別な目的は無くとも、今夜の〝特別な会合〟には興味があったんだろうな…」
盗聴器は 敵でもないが味方でもない組織が仕掛けたのは 三人とも理解している

「最近、米国やイギリス、ドイツで起きたテロの中にも 今回のようなケースと同様の分析結果が判明したそうだ 米国では6件、イギリス、ドイツでは それぞれ4件だ ここまでいくと偶然では済まされないぜ」
深見が本題に入った
「事件の処理はどうなっているんだ?」
滝本、野山が顔を寄せて聞いてくる
「どの国も 精神異常者の犯行と断定されると動機や背後関係の捜査は諦めるしかないからな、事件当時はそう判断し処理されているよ」
そう言いながら 深見はやめているはずの煙草をくわえた
「禁煙してるんじゃなかったのか」
酒も煙草もやらない滝本が トマトジュースを飲みながら深見にたずねた
「この件に関わってから 夜遅くてな、各国との時差調整でいつも午前様だ」
そう言いながら深見は話を続ける
「日本も含めてだが、一連のこれらの事件に明らかな関連性がみつかったんだ」
「これらの事件の前後から〝not guilty〟という言葉がヒットし始めたらしい…」
深見が煙草に火をつけながら言った
「エシュロンでか?」
野山が声を低くして聞いてきた
「NSA(国家安全保障局)あたりらしい…」
頷きながら 深見が応えた

「核兵器、細菌兵器の時代から 人間兵器とでもいうのか?」
滝本も以前、米国駐在時に一部の宗教などの〝洗脳〟による自爆テロの調査分析に関わったことがあり、〝人間兵器〟という考え方に脅威を感じていた
「人間は最も監視するのが容易だが、ある意味 最も監視するのが難しいものかもしれないな」
「爆弾や細菌物質は 存在する時点で摘発、破壊できるが、人間は存在しているだけでは規制すらできないからな」
深見の言うことはもっともだ
「犯罪すら 事故扱いで終わってしまう このイギリスの資料見てみろよ、デモの列にトラックが突っ込んで 6人も死んでるのに運転手が精神異常者という事で 事故扱いで終わっている」
事前に全ての資料に目を通していた野山が言った
「しかし、これらが計画的な犯行だとしたら防ぎようがないな」
滝本はもう一度 資料に目を通しながら言った

「意図的にこれらを操っている組織が存在する というのが米国の判断らしい」
情報元からある程度の説明を聞いている深見がより声を低くして話す
「その組織の作戦名が〝not guilty〟なのか、無罪なんてネーミングは 皮肉だな」
滝本は 〝not guilty〟という言葉が妙に気にかかる

「各国で法的な扱いは異なるようだ 刑事責任を問われて実刑の奴もいる、しかし背後関係を探られないのは どこも同じだ、これが標的を設定しての計画殺人なら 完全犯罪だ、動機すら解明が難しい」
深見が話していると野山が口を挟んだ
「日本での被害者には関連性が全くないのか?」
「現時点ではわからない、地域も職業も年齢、生い立ちまで何の関連性も見つかっていない」
すでに調べ尽くした後なのだろう 深見があきらめ顔で言う
「唯一の共通点が 加害者が精神異常者、それもほとんどの人間が同じ医療刑務所出身ということだな」
その件に関しては三人ともこれは単なる偶然ではないような予感がしていた

つづく