「神崎さん、ちょっと相談があるのですが」
昼の運動時間に 深刻な顔をした間宮が
周りを気にしながら近づいてきた

間宮とは以前、同部屋だったので
工場は違うが 親交のある経理受刑者だ

「谷川の奴が 同部屋の阿藤の私物のパンツを
   勝手にはいたのを 先週 洗濯の担当職員に
   それとなく耳に入れたんです」
普段から傍若無人の谷川の事は神崎の
耳にも届いていた
「それで 谷川、懲罰にでもなったのか?」
此処では 他人の私物を勝手に取らなくても
使っただけでも 懲罰は間違いない
「それが…まったく 反応がないのです」
一段と声のトーンを落として間宮が言う
「それじゃ 咎めなしだったのか?」
神崎が 間宮を問い詰めた
「いや そうじゃなく その事実すら
    表面化してないようなんです、本当に」
間宮は何か 言いたそうだ
「何か あるのか?」

シャンプーを貸し借りしただけで
貸した方も 借りた方も処分されるのが
刑務所である 
些細なことで 懲罰になるのが 刑務所だ
それが他人のものを奪っても
処分されないのは 裏に何かあるはずだ

「谷川 もう少しで仮釈ですから…」
「それじゃ 隠蔽したってことじゃないか!」

谷川は 神崎達のような経理受刑者ではないが
症状が軽い為、経理受刑者と一緒に
工場で作業している
此処には何度もお世話になっているようだ
時々 疳の虫が暴れて周りに迷惑をかける

「この刑務所も 実績が欲しいから
    仮釈間近の谷川の〝犯行〟に目を瞑る
    その方針らしいな」
神崎は 多分 自分の考えはそうズレていない
と感じた

(障害受刑者が 順調に服役して仮釈が
    もらえるくらいの模範だった)
という実績づくりだろう

ある程度 更生の実績を残さなければ
医療刑務所としての存在価値を見出せない

神崎は、職業上どうしても深読みしてしまう
「これじゃ 彼奴だけが得してしまいますよ」
普段から同部屋で我慢してきた間宮は
どうも許せないようだ

「組織的な隠蔽なのか、担当の隠蔽なのか
    どっちかなんだろうけど…
    組織的な隠蔽なら 許せないなあ」
神崎は普段、些細な事で処分を受ける
障害受刑者を見ていたので
今回の〝依怙贔屓〟には腹が立つ

「神崎さんの得意のペンの力で 何とか
    なりませんかねぇ、収まりませんよ」
刑務所は 口頭だと抗弁となるが 
受刑者の扱いに不服があれば文章で
申し立てをする事ができるのだ

ある意味、暴れる受刑者よりも
この行為のほうが やっかいだ

(この事が事実なら 看過出来ないが
    余り波風立てるのもなぁ〜)
神崎自身も 仮釈放が近い為
自分に火の粉が降りかからないかぎり
首を突っ込みたくはなかった
大事な時期だから温順しくしていたい

「このままにして 彼奴が仮釈で出るほうが
    此処も少しは平和になるんじゃないか」
谷川の事は許せないが、いなくなる方が
彼にとっても良いはずだ
間宮も彼なりに納得したようだ
「それもそうですね、彼奴が一日も早く
    目の前から消えてくれた方が良いっすね」
満足したのか頷きながら去っていった

(しかし、隠蔽、差別は赦せないな)
神崎は 間宮の後ろ姿を観ながらまた思った

つづく