「シャブの杉下、今朝 引き込みらしいっす」
朝から 酒井は 情報が早い…

〝引き込み〟とは 釈放前教育の事をいう
仮釈放は、出所の2週間前に引き込み
満期釈放は、出所の1週間前に引き込む
それぞれ 準備された部屋に移される

そこで、社会に戻る為『自然解凍』するのだ
急に 娑婆に戻っては〝拒絶反応〟が
おきると危惧されての対応だろう

此処では 夏は扇風機、冬は炬燵が準備される
布団も枕も 娑婆のものに近くなる
より社会に近い環境にする為だ

「相変わらず 薬物は仮釈が早いっすね」
オレオレの酒井が羨ましそうに言う

「薬物は 被害者がいないから仮釈放も早い」
本人も自慢げに普段から口にしていた
「薬物は 誰にも迷惑をかけていない 」
ほとんどの薬物犯は そう口にする

(親兄弟、家族が迷惑してるだろう…)
神崎は その度に そう思っている

薬物は 本人の責任が大きい為
薬物離脱のカリキュラムを定期的に
受けなければならないそうだ
早く出られても それも大変なようだ

職質の度に 尿検査されては
生きた心地もしないだろう
アスリートのドーピング検査のようだ

刑務所内にいても 皆、薬物離脱教育を
半年間 受けていた
ダルクなどの関係者との面談もあるらしい

薬物中毒、薬物依存も病気扱いだ
薬物を始めた 背景が肝心なはずなのに
「離脱カリキュラムは、少しズレてる」
受けていた人間たちが口々に言う

覚醒剤は、まだ罪悪感が高い為
当人たちも ある程度、付き合っているが
大麻や違法ドラック辺りは
高校生が隠れて吸う 煙草ぐらいにしか
感じていない

アメリカ暮らしの経験がある神崎にとって
今の日本の方が 薬物大国に感じてしまう

「あいつは、シャブ止められないな」
と神崎が言うと すかさず酒井が
「杉下、此処にきて 新規開拓ばかりして
    ましたから 売人も続けるでしょうね
    検査に出にくい薬品の話なんかに
    飛びついてましたからね」
「懲りない奴だなぁ」
神崎も呆れてしまう
「尿検査ないからって 保釈中もやってた
    らしいっすから 我慢出来ず迎えの車でも  
    やりかねないっすね」
これが、冗談に聞こえないから始末が悪い

(刑務所は、懲りない面々の集まりだな)
神崎は 懲りない杉下の顔を思い浮かべた

つづく